...僻陬の地の民俗が必しも常に上代の民俗として見るべきものでないとすれば...
津田左右吉 「日本上代史の研究に関する二、三の傾向について」
...この意味でまた日本各地の民謡などもこのいわゆるオルフィズムの圏内に入り込むものであるかもしれない...
寺田寅彦 「俳句の精神」
...銀子たちには土地の民謡「はっとせい節」を郷土色そのままに...
徳田秋声 「縮図」
...各地の民話を調べていたところ...
豊島与志雄 「文学以前」
...土地の民衆の機嫌をとりながらはひらなければならぬ始末であつた...
中島敦 「盈虚」
...土地の民衆の機嫌をとりながらはいらなければならぬ始末であった...
中島敦 「盈虚」
...この高寒山地の民治に送つてしかも施政作詩二つながら至美真摯であつた...
中村憲吉 「頼杏坪先生」
...内地の民俗がアイヌ族の残存であることが会得される...
中山太郎 「屍体と民俗」
...明治以後に生じた「各地の民権運動」や...
蜷川新 「天皇」
...暖熱の地の民はこれを日常大緊要の務めとする者多く...
南方熊楠 「十二支考」
...近頃も人口調査を行なふ毎に僻地の民は是は橋等の人柱に立てる人を選ぶ爲めだと騷ぎ立つ...
南方熊楠 「人柱の話」
...今なお土地の民はこれを語り伝えている...
柳田国男 「山の人生」
...海道一帯の平地の民が...
柳田国男 「山の人生」
...この国、黄賊の大軍に攻蝕(こうしょく)せらるること久しく、太守の軍、連年に疲敗(ひはい)し給い、各地の民倉は、挙げて賊の毒手にまかせ、百姓蒼生(そうせい)みな国主の無力と、賊の暴状に哭(な)かぬはなしと承る」あえて、媚びずおそれず、こう正直にいってからさらに重ねて、「われら恩を久しく領下にうけて、この秋(とき)をむなしく逸人(いつじん)として草廬(そうろ)に閑(かん)を偸(ぬす)むをいさぎよしとせず、同志張飛その他二百余の有為の輩(ともがら)と団結して、劉玄徳を盟主と仰ぎ、太守の軍に入って、いささか報国の義をささげんとする者でござる...
吉川英治 「三国志」
...のみならず土地の民望は篤く...
吉川英治 「三国志」
...ヨーロッパの技術や儀容を展示して新らしい土地の民衆に強い印象を与えるということは...
和辻哲郎 「鎖国」
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