...因幡ざかひを立ちいでて...
薄田泣菫 「泣菫詩抄」
...兎の読本兎ノ学校ノ読本(トクホン)ハ意地ワル神ニダマサレタ因幡(イナバ)ノ国ノ白ウサギ泣イテヰタレバ泣クナヨトナサケノ深イ神サマニタスケテモラツタ物語リ...
野口雨情 「未刊童謡」
...能勢因幡守(のせいなばのかみ)の二女竹姫を奥方に迎え...
久生十蘭 「鈴木主水」
...浜町河岸に御殿のある因幡のさる殿様...
久生十蘭 「玉取物語」
...先年松平新太郎因伯兩州領知之節相窺之伯州米子町人村川新兵衞大谷甚吉至レ今入二竹島一にて爲二漁獵一向後入島之義制禁可二申付一旨被二仰出一可レ存二其趣一恐惶謹言元祿九年子正月二十八日土屋相模守戸田山城守阿部豐後守大久保加賀守松平伯耆守殿宗對馬守義功より出たる家譜に元祿九年因幡國與(と)朝鮮國與(と)之間竹嶋與(と)唱(となへ)候嶋有レ之...
松浦武四郎 「他計甚※[#「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2-94-57](竹島)雜誌」
...二十余年前まで但馬(たじま)因幡(いなば)地方で馬極めて稀なり...
南方熊楠 「十二支考」
...成瀬因幡守正定(いなばのかみまささだ)であつた...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...四月十四日に因幡国(いなばのくに)鳥取の城主松平因幡守斉訓(なりみち)の医官田中淳昌(じゆんしやう)の子として生れた...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...因幡(いなば)鳥取に往つてゐて...
森鴎外 「椙原品」
......
柳田國男 「祭禮名彙と其分類」
...因幡八頭(やず)郡社(やしろ)村大字樟原(くにぎはら)...
柳田國男 「地名の研究」
...『因幡志』巻十四の挿図に平地と書いて「ナルジ」と振仮名をした所があった...
柳田國男 「地名の研究」
...名古屋因幡守(なごやいなばのかみ)を堀川の邸に訪ねて...
吉川英治 「新書太閤記」
...毛利を繞(めぐ)る衛星(えいせい)としては、播州に赤松(あかまつ)、別所(べっしょ)があり、南部中国には宇喜多(うきた)、北部の波多野(はたの)一族などあって、その勢力圏(せいりょくけん)は、安芸(あき)、周防(すおう)、長門(ながと)、備後(びんご)、備中(びっちゅう)、美作(みまさか)、出雲(いずも)、伯耆(ほうき)、隠岐(おき)、因幡(いなば)、但馬(たじま)――など約十二ヵ国にまたがっている...
吉川英治 「新書太閤記」
...「極暑の頃からこの極寒にいたるまで、因幡(いなば)、伯耆(ほうき)の僻地(へきち)において長々の苦労...
吉川英治 「新書太閤記」
...因幡(いなば)などの陣中でも...
吉川英治 「新書太閤記」
...……そのまま手切れとなっては困ることになったのだ」官兵衛の方へ眼を向けて、「安国寺恵瓊は初めて、往年の知縁をたよって、彦右衛門を訪れて参り、二度目には、その方の陣屋へも行ったのではなかったか」「左様でした」「その方のところまでは、どのように云っていたか」官兵衛は、秀吉の問いに答えて、「やはり彦右衛門殿を介して、申し入れて来た条件とひとつに過ぎませぬ」「――と、いうと?」「つまり……毛利方から提示して来た条件というのは、この際、媾和(こうわ)するならば、備中(びっちゅう)、備後(びんご)、美作(みまさか)、因幡(いなば)、伯耆(ほうき)の五ヵ国を割譲(かつじょう)しよう...
吉川英治 「新書太閤記」
...因幡(いなば)の鹿野城に拠(よ)っていたものである...
吉川英治 「新書太閤記」
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