...そゞろに嘉永の昔を思ふ...
大町桂月 「月の東京灣」
...嘉永四年辛亥(しんがい)始めて江戸に遊ぶ...
徳富蘇峰 「吉田松陰」
...嘉永六年癸丑(きちゅう)十年四方に遊学の公許を受く...
徳富蘇峰 「吉田松陰」
...天保よりして嘉永...
徳富蘇峰 「吉田松陰」
...彼が嘉永三年における鎮西の旅行は...
徳富蘇峰 「吉田松陰」
...彼(か)の藤田東湖が嘉永の末...
徳富蘇峰 「吉田松陰」
...則ちこの尊王思想は、兼(かね)て醗酵(はっこう)したる液体が一度(ひとた)び外気に接して沸騰するが如く、嘉永、安政以来外交の刺激によりて、始めて天下の人心を奔競(ほんきょう)顛倒(てんとう)せしむる活力ある警句となりしなり...
徳富蘇峰 「吉田松陰」
...攝氏千三百度以上の熱を要する鐵の熔解を試みたのが嘉永三年のことである...
徳永直 「光をかかぐる人々」
...日本で最も早い嘉永二年に...
徳永直 「光をかかぐる人々」
...オランダから幕府へ獻納されたのが嘉永の三年だ...
徳永直 「光をかかぐる人々」
...嘉永板の切絵図(きりえず)には金剛寺の裏手多福院に接する処明地(あきち)の下を示して鶯谷とはしるしたり...
永井荷風 「礫川※[#「彳+淌のつくり」、第3水準1-84-33]※[#「彳+羊」、第3水準1-84-32]記」
...銀貨にいたっては、天保一分銀、嘉永一朱銀と、しだいに品位が落ちて、統一がない...
服部之総 「明治の五十銭銀貨」
...嘉永のころになって...
久生十蘭 「顎十郎捕物帳」
...このムギナデシコの名はふるく徳川時代の嘉永年間頃に出来たものだが...
牧野富太郎 「植物一日一題」
...嘉永五年七月中旬...
三田村鳶魚 「物貰ひの話」
...尋で「嘉永四辛亥初春偶成」の詩がある...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...次いで嘉永(かえい)二年に将軍家慶(いえよし)に謁見して...
森鴎外 「渋江抽斎」
...嘉永二年に八十一歳で歿したから...
森鴎外 「壽阿彌の手紙」
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