...之を匡正し誘掖するには...
石川啄木 「無題」
...その誤謬を匡(ただ)し...
大隈重信 「日本の文明」
...船中には他の者を匡正してやる者が一人もいなかったからである...
スティーブンソン Stevenson Robert Louis 佐々木直次郎訳 「宝島」
...またこれらの誤謬を容易に匡(ただ)しあるいは避け得るために...
デカルト Renati Des-Cartes 三木清訳 「省察」
...其前後から無二の親友であつた理學士小野田匡高(舊名薫)氏が英一の死後中學校の校友會雜誌に載せた追憶文を掲載する...
土井八枝 「隨筆 藪柑子」
...小野田匡高麟麒兒『土井英一』の名は小學校の上級下級を問はず校内に知れ亙つてゐた...
土井八枝 「隨筆 藪柑子」
...(一九三五・九)一五 農村匡救の種々相東北凶作義金の応募額は可なりの嵩に及んでいるらしい...
戸坂潤 「現代日本の思想対立」
...前のは凶作の匡救を道徳で以て置きかえたのだが...
戸坂潤 「現代日本の思想対立」
...内閣の失政を匡救するを爲さずして...
鳥谷部春汀 「明治人物月旦(抄)」
...舊名古屋藩士永井匡威君長子...
永井荷風 「荷風戰後日歴 第一」
...東大の山崎匡輔氏といったような方がたを煩わして...
前田多門 「「人間宣言」のうちそと」
...有志者忍以此称其親也哉」と云つた如く俗を匡(たゞ)すに意があつたのではなからうか...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...今茲(こんじ)大正六年に東大久保にある伊沢分家では徳五十九、母柏改曾能八十三、姉長(在福山津山碧山未亡人)六十四、子信匡十六、女(ぢよ)たかよ二十九、ちよ二十一、赤坂区氷川町清水氏寓伊沢又分家では信治二十一、母良六十二、姉その(清水夏雲妻)三十四、ふみ二十一、麻布鳥居坂町の宗家を継いだ叔父信平五十七である...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...天下(てんか)を(七)一匡(きやう)する...
司馬遷 箭内亙訳註 「國譯史記列傳」
...一二匡天下一...
司馬遷 箭内亙訳註 「國譯史記列傳」
...第二鎮冀州(きしゅう)の刺史(しし)韓馥(かんふく)第三鎮予州の刺史孔(こうちゅう)第四鎮州(えんしゅう)の刺史劉岱(りゅうたい)第五鎮河内郡(かだいぐん)の太守王匡(おうきょう)第六鎮陳留の太守張(ちょうぼう)第七鎮東郡の太守喬瑁(きょうぼう)そのほか...
吉川英治 「三国志」
...宮中(きゆうちゆう)の女官(じよかん)たちがこの匡衡(まさひら)を嘲弄(ちようろう)しようと企(たく)んで...
和田萬吉 「今昔物語」
...この匡衡(まさひら)は漢文(かんぶん)や...
和田萬吉 「今昔物語」
ランダム例文:
便利!手書き漢字入力検索
時事ニュース漢字 📺
