...北原白秋も俳聖と呼ばれることがある...
...北原君は底抜けの酒客(しゆかく)なれども...
芥川龍之介 「田端人」
...一方神田淡路町に琅洞(ろうかんどう)という小さな美術店を創設して新興芸術の展覧会などをやったり、当時日本に勃興したスバル一派の新文学運動に加わったりしていたと同時に、遅蒔(おそまき)の青春が爆発して、北原白秋氏、長田秀雄氏、木下杢太郎氏などとさかんに往来してかなり烈(はげ)しい所謂(いわゆる)耽溺(たんでき)生活に陥っていた...
高村光太郎 「智恵子の半生」
...石井柏亭等同人の美術雑誌「方寸」の連中を中心とし北原白秋...
高村光太郎 「ヒウザン会とパンの会」
...北原は意地を張らず...
中里介山 「大菩薩峠」
...「観世太夫が、ある時、客に伴われて、とある温泉に逗留(とうりゅう)したことがあったと思召(おぼしめ)せ、その隣室に謡好きがあって、朝夕やかましくてたまらないものだから、太夫が客に向って曰(いわ)く、あの謡をやめさせてみましょうか、どうぞ頼む――そこで観世太夫が朗々として一曲を試むると、隣室の謡がパッタリと止まった、その日も、その翌日も、それより以来、隣室では謡の声が起らない――しかるところ、数日して隣室の客が代ると、また謡がはじまった、太夫殿、あれをひとつ頼む、先日の伝であれを退治してもらえまいか、太夫、答えて曰(いわ)く、あれはいけませぬ、どうして……先日のは下手(へた)といえども、自ら恥ずることを知るだけの力が出来ている、今度のは言語道断……恥というものを知らないから、拙者の謡を聞いても、逃げないで一層のぼせ上るに相違ない」という話を、北原賢次が、池田良斎に向って物語ると、良斎が、「全く世に度し難きは己(おの)れを知らざる者と、恥を知らざる者共だ」哄然(こうぜん)として笑いました...
中里介山 「大菩薩峠」
...北原はそだちがいいから...
中里介山 「大菩薩峠」
...じっと暫(しばら)く耳をすましていた北原...
中里介山 「大菩薩峠」
...さては、と思った北原は、盗むように隣りの間のその当の人を、なおよく認めようと試みました...
中里介山 「大菩薩峠」
...病(や)みほおけた骨格を想像していた北原にとっては...
中里介山 「大菩薩峠」
...そは次の巻に解分(ときわく)るを聴ねかし……」北原は...
中里介山 「大菩薩峠」
...そういう事に一向に頓着しないお雪ちゃんは、今度は北原の方に向いて無邪気な笑顔、「北原さん、あなたも、ずいぶん、喧嘩っ早いようなお方ですけれど、戦(いくさ)なんぞにお出になるのはおよしなさい」と言いました...
中里介山 「大菩薩峠」
...「北原さん、白骨を立つ時はしみじみ御挨拶も申し上げないで、ほんとに済まないことだと存じております...
中里介山 「大菩薩峠」
...鳩の報告によって、白骨からは第二の救護隊が着いて見ると、まずこの程度の怪我ということで、ホッと安心はしてみたものの、北原君としても、久助さんとしても、まあよかったと言ってのみはおられないのは、お雪ちゃんの立場を思いやって、あの子が自分たちの身の上に、どのくらいの期待と心配を置いているかということを考えると、こうしてはおられないと思います...
中里介山 「大菩薩峠」
...北原の友人、町田なにがしなどは、自分がピンピンしているために、そう引込んでばかりはいられないと見え、時に賑(にぎ)わいの方へ姿を没しては、いいかげんの時分に戻って来ることはあるが、その都度、「驚いたもんだ、驚いたもんだ、人間というやつがみんなここまで許し合っていると、全くお話にならん、及ぶべからず、及ぶべからず」こういう景気が連続して、いつ終るべしとも見えない歓楽の日が続くこと約七日ばかり、ここに歓楽の天地をひっくり返す物音が意外のところから起りました...
中里介山 「大菩薩峠」
...北原、町田らは、やや離れた見方をしているに拘らず、これからの身の処置に就いてはなんらの思案のないところは、歓楽の一団と同じようなものです...
中里介山 「大菩薩峠」
...先日も北原白秋氏宅で小会のあった時...
萩原朔太郎 「詩の原理」
...よろしくないのですが(北原武夫の芸論に拍車をかけるから...
宮本百合子 「獄中への手紙」
...北原は魏の一基地である...
吉川英治 「三国志」
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