...「拾芥抄」は、古典医学の一つとして大切にされています...
...伊東某とかいった典医(てんい)の孫で...
富田常雄 「面」
...左右の次の間には、典医と、侍女と、宿直(とのい)の人々とがいたが、物音も、話声もしなかった...
直木三十五 「南国太平記」
...典医、侍女の方は、某(それがし)が、見張りますから、夜詰の人に、政岡如き女を――」と、すすめて、そして、七瀬が、選まれることになったのであった...
直木三十五 「南国太平記」
...典医から怪我の容態を聞き取った...
吉川英治 「剣難女難」
...典医から薬湯をもらったが...
吉川英治 「三国志」
...典医の顔も憂色に満ちている...
吉川英治 「三国志」
...典医が診ると、せっかく一時なおっていた金瘡(きんそう)がやぶれ、全身の古傷から出血していた...
吉川英治 「三国志」
...予(よ)を扶(たす)けて露台に伴え」というので、侍者典医などが、そっと抱えて、外へ出ると、孔明はふかく夜の大気を吸い、「ああ、美しい」と、秋夜の天を仰ぎ見ていたが、突然、何事かに驚き打たれたように、悪寒(さむけ)が催してきたといって内にかくれた...
吉川英治 「三国志」
...華雲殿から典医寮の方へ...
吉川英治 「私本太平記」
...また典医の口から...
吉川英治 「私本太平記」
...朝家(ちょうか)の典医寮でなくては用いぬ物かとぞんじまする...
吉川英治 「私本太平記」
...あの雨露次の妻へ与えてしもうたらしい」「げっ?」「典医寮からくれた旅薬はこれにあるが...
吉川英治 「私本太平記」
...はじめ、館の典医が、お風邪(かぜ)とかろく診(み)たのは、まもなく、まったく誤診とわかった...
吉川英治 「私本太平記」
...彼が、右すれば右、左すれば左へと、近習、侍大将、参謀、旗本、典医(てんい)、同朋(どうぼう)の者などが、ぞろぞろと護って歩いていた...
吉川英治 「新書太閤記」
...典医(てんい)から薬を上げたということを聞いていた側臣たちが...
吉川英治 「新書太閤記」
...常に左右にいる典医(てんい)よりも...
吉川英治 「新書太閤記」
...典医の天野良順と...
吉川英治 「新編忠臣蔵」
...典医を連れてまいろう...
吉川英治 「べんがら炬燵」
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