...新大典侍の方からして北方の地を割(さ)いてくれとの交渉が永正七年にあったのを見ると...
原勝郎 「東山時代における一縉紳の生活」
...帝のおそばに奉仕している典侍(ないしのすけ)は先帝の宮廷にいた人で...
紫式部 與謝野晶子訳 「源氏物語」
...典侍の話のとおりに...
紫式部 與謝野晶子訳 「源氏物語」
...自身のに替えて源典侍(げんてんじ)のを見ると...
紫式部 與謝野晶子訳 「源氏物語」
...典侍はそこの一室で琵琶(びわ)を上手(じょうず)に弾(ひ)いていた...
紫式部 與謝野晶子訳 「源氏物語」
...平生派手(はで)に作っている外見は相当な若さに見せる典侍も年は五十七...
紫式部 與謝野晶子訳 「源氏物語」
...驚かされた典侍は翌朝残っていた指貫(さしぬき)や帯などを持たせてよこした...
紫式部 與謝野晶子訳 「源氏物語」
...典侍のことは自身にもおかしくてならないふうであった...
紫式部 與謝野晶子訳 「源氏物語」
...ただ今の典侍にまだそれだけ力がないとすれば...
紫式部 與謝野晶子訳 「源氏物語」
...東宮宣下(せんげ)の際の宣旨拝受の役を勤めた典侍(ないしのすけ)がお湯をお使わせするのであった...
紫式部 與謝野晶子訳 「源氏物語」
...典侍の女性三名もそれぞれ輿(こし)のうちである...
吉川英治 「私本太平記」
...三人の典侍のうちでも...
吉川英治 「私本太平記」
...彼女を三位ノ典侍廉子とはもとより知ろうはずもない...
吉川英治 「私本太平記」
...「みかど(後醍醐)が、六波羅の獄におわした間の給仕人も、彼であった」「寒中の獄へ、火桶(ひおけ)をまいらせたり、三名の典侍を、おそばにおく計らいをしたなども、みな彼だとか」「隠岐への遷幸(せんこう)にも、出雲までお供して、終始、心やさしい奉仕を尽くしていたそうな」こんなふうに、道誉といえば、花も実もある武士と、みな見ていたらしいのだ...
吉川英治 「私本太平記」
...侍者(じしゃ)の公卿や典侍(てんじ)らの身をあずかってから...
吉川英治 「私本太平記」
...これへついて来たか」「はい」「典侍らは...
吉川英治 「私本太平記」
...そこを利用して三人の典侍のうちに彼女をも加え...
吉川英治 「私本太平記」
...その上に、寵妃たちを取り巻く、典侍とか、女官たちのあいだには、閥(ばつ)の争いだの、意地わるい嫉視(しっし)だのがあって、日蔭で冷ややかに歪(ひね)くれた眼と眼が、絶えず、行儀作法の正しいなかで、根強い呪(のろ)いと闘いを交わしているのが、ほとんど、明けても暮れてものことなのである...
吉川英治 「親鸞」
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