...未嘗て源兵衛佐の卓識を以てするも武門政治の創業者としては遂に彼の足跡を踏みたるに過ぎざるを思はずンばあらず...
芥川龍之介 「木曾義仲論(東京府立第三中学校学友会誌)」
...兵衛佐頼朝は二十万の源軍を率ゐて...
芥川龍之介 「木曾義仲論(東京府立第三中学校学友会誌)」
...関東に源兵衛佐あり...
芥川龍之介 「木曾義仲論(東京府立第三中学校学友会誌)」
...彼を抑ふるに源兵衛佐を以てせむとしたれば也...
芥川龍之介 「木曾義仲論(東京府立第三中学校学友会誌)」
...一つには此の大臣と兵衛佐とは話の馬が合うせいでもあった...
谷崎潤一郎 「少将滋幹の母」
...兵衛佐(ひょうえのすけ)...
紫式部 與謝野晶子訳 「源氏物語」
...兵衛佐(ひょうえのすけ)などをつかわした...
紫式部 與謝野晶子訳 「源氏物語」
...何とか、お気に障(さわ)らぬようわれわれで計らいまする』孫兵衛になだめられて、『こんどの屋敷では飼わんぞ』と、左兵衛佐は、書院へ上った...
吉川英治 「新編忠臣蔵」
...その父の気持を考えると、左兵衛佐は、耐えられなくなる...
吉川英治 「新編忠臣蔵」
...左兵衛佐は、舌打ちをして自分の部屋のほうへ向って行った...
吉川英治 「新編忠臣蔵」
...上野介と左兵衛佐の父子(おやこ)が...
吉川英治 「新編忠臣蔵」
...左兵衛佐は、今夕(こんせき)、上杉家の方へ戻った母の事ばかり考えていた...
吉川英治 「新編忠臣蔵」
...『はやく漕(こ)げ』左兵衛佐が...
吉川英治 「新編忠臣蔵」
...嫡子左兵衛佐(さひょうえのすけ)の居間へ一歩踏み込もうとした時だった...
吉川英治 「新編忠臣蔵」
...四位の左兵衛佐(さひょうえのすけ)となったのですら...
吉川英治 「親鸞」
...右兵衛佐(うひょうえのすけ)頼朝のすがたは...
吉川英治 「源頼朝」
...右兵衛佐(うひょうえのすけ)ですが...
吉川英治 「源頼朝」
...そんな孫どもや子息やまた、それにつながる係累(けいるい)の救われない生活ぶりを眺めていると、太政入道は、時にひとり憤(いきどお)ろしくなって、「いっその事、天譴(てんけん)があらわれて、こんな痴児(ちじ)はみな、海嘯(つなみ)に攫(さら)われてしまえ」と、世の為に憂うることもままあったが、時しもあれ、九月下旬、兵衛佐頼朝、其後モ生存アツテ、武総(ムソウ)ノ隅田河原ニ陣シ、千葉、上総、甲信、武相ノ諸源氏ヲ語ラヒ、兵員三万余騎ト聞エ、ソノ勢(イキホヒ)逐日(チクジツ)熾烈(シレツ)...
吉川英治 「源頼朝」
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