...此顯家卿については舞御覽記と云ふものに元徳三年(元弘元年)其宰相中將たりし頃蘭陵王を舞しときの樣を叙して「夕づく日のかげ花の木の間にうつろひて...
原勝郎 「日本史上の奧州」
...そこに「元弘帝お腰掛の石」といふのがありました...
松本幸四郎 「大森彦七と名和長年」
...しかし「元弘日記」によれば...
吉川英治 「私本太平記」
...いぜん元の“元弘二年”を通して行ったので...
吉川英治 「私本太平記」
...元弘三年正慶二年(北方)と...
吉川英治 「私本太平記」
...元弘三年五月中光厳帝...
吉川英治 「私本太平記」
...かくて奥羽にも鎌倉にも、幕府でない、新政体下の民政府ができ、一応、形はととのったかのようなうちに、元弘三年は暮れ、明けて、建武(けんむ)元年に入っていた...
吉川英治 「私本太平記」
...いぜんから高徳(こうとく)の聞えはあって、後醍醐に瑜伽灌頂(ゆがかんちょう)の法をさずけ、元弘の元年には、例の“中宮御産(ごさん)の祈祷(いのり)”と称し、北条調伏の呪(のろ)いを行ったかどで、硫黄島(いおうじま)流しとなった豪僧なのだ...
吉川英治 「私本太平記」
...さらに「元弘日記裏書」によれば...
吉川英治 「私本太平記」
...大塔ノ宮の霊元弘(げんこう)の戦歿者敵味方の霊高時の霊いくたの有縁(うえん)無縁の霊に心からな回向(えこう)をささげている姿にみえる...
吉川英治 「私本太平記」
...――そもそも元弘の初め...
吉川英治 「私本太平記」
...かつての元弘の年...
吉川英治 「私本太平記」
...元弘(げんこう)の年...
吉川英治 「私本太平記」
...元弘(げんこう)の博多合戦で...
吉川英治 「私本太平記」
...元弘(げんこう)の若公卿が説いていたような高い理念を...
吉川英治 「私本太平記」
...それは元弘三年の犠牲者らしいとの判定で...
吉川英治 「随筆 私本太平記」
...元弘三年と正平七年の両度の合戦――新田義貞...
吉川英治 「宮本武蔵」
...元弘、建武の頃から正平年間にわたる長い乱世にかけてこの御山(みやま)が、時には、大塔宮護良(だいとうのみやもりなが)親王の戦勝祈願をこめらるる大炉(たいろ)となり帷幕(いばく)の密議所となり、また時には、楠正成たちの忠誠が守るところとなるかと思えば、京六波羅(ろくはら)の賊軍が、大挙して攻め襲(よ)せる目標となったり、下って足利氏(あしかがし)が世を暴奪(ぼうだつ)なし終った乱麻(らんま)の時代となっては偲(しの)び上げるも畏れ多いことながら、後村上天皇は、男山御脱出以来、軍馬の間を彼方此方(あちこち)と御輦(みくるま)の漂泊(さすらい)を経られて、やがてこの金剛寺を行宮(あんぐう)に年久しく、山僧の生活も同様な御不自由をしのんでお在(い)で遊ばした...
吉川英治 「宮本武蔵」
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