...「その宴席では、姉妹してなにか舞ったあと、姉のほうが、柳沢吉保父子と、ながいこと密談をしたそうだ、そのとき、……どういうわけだかわからないけれども、妹のほうは屋敷をぬけだし、そのままどこかへ出奔してしまったらしい、たいへんな騒ぎだったということだ」「そんな処にまで、諜者が入れてあるとは」「まあ聞けよ、つまり丸茂の女主人は、そのとき柳沢父子に、なにか積極的な計画をもちだしたと思えるふしがあるんだ」「ちょっと質問するがね」半之助はまた団扇を取って、「いつか築地の海端で聞いたね、そう、丸茂の帰りだったろう、村田が長崎へいったというのは表面の口実で、本当は某方面の探査をして来たんだという」「ああ話したよ」「その探査というのも、青山が今やっているのと、同じようなことなのか、もうひとつ、彼が植物調査といって、しばしば旅をするのにも、そんな意味があったのか」「こわいような質問だが、そのままでないにしても、そういう意味は無いわけではないらしいな、諸侯に対する隠密は、なにも甲賀者や伊賀者に限らないだろうから」「それでわかるよ」半之助はにっと笑った、「谷町などで知っていることがさ、それだけ組織的にやっていれば、向うが嗅(か)ぎつけるのは当然だ、そんな筈はないなんて云うほうがおかしいよ」「なにもそう言葉尻を取ることはないじゃないか、かれらに知られたということが事実なら、こっちにも方法はあるんだ」「但しおれを除いてだよ」盃に口をつけて、呷(あお)るように飲んで、半之助はきっぱりと云った...
山本周五郎 「山彦乙女」
...柳沢の吉保父子(よしやすおやこ)...
吉川英治 「江戸三国志」
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