...よく美術展に来る余人の意見も聞き入れたい...
...彼女は余人に頼まれた手伝いを引き受けてくれる心優しい子だ...
...僕はただ余人の追っかけをするのが好きだ...
...インターネットは余人の世界観を広げるのに役立つ...
...面接で余人を上回る自己紹介ができなかったため、不合格になってしまった...
...荘園天下に半して子弟殿上に昇るもの六十余人...
芥川龍之介 「木曾義仲論(東京府立第三中学校学友会誌)」
...その男は余人ならず...
海野十三 「地獄の使者」
...・松風のゆきたいところへゆく・洗へばよう肥えとるサカナ・松風すゞしく人も食べ馬も食べ・遍路さみしくさくらさいて・さくらさくらさくさくらちるさくら□いちにち働らいた塵をあつめてゐる(市役所風景)鈴(ベル)がなるよう働らいた今日のをはりの此宿はよい、何となくよい(満員なので、私は自分から進んで店に陣取つた、明るくて、かへつて静かでよろしい)、同宿は十余人、その中の六人組は曲搗の粟餅屋さんである、そしてその老親方は、五六年前、山陰で一夜同宿会談したことがある、江戸ツ児で面白い肌合だ(私が彼を覚えてゐたやうに、彼もまた私を覚えてゐた)...
種田山頭火 「行乞記」
...剣術の出来る人だのを十余人も頼んであって...
中里介山 「大菩薩峠」
...また後漢の劉昆弟子常に五百余人あり...
南方熊楠 「十二支考」
...郡民千余人葬いの行粧して...
南方熊楠 「十二支考」
...貯蔵所の者たちは死者十余人...
山本周五郎 「風流太平記」
...誅殺(ちゅうさつ)された一族の数は男女千五百余人に上ったという...
吉川英治 「三国志」
...故に、余人より幾分か、陛下のご眷顧(けんこ)も仰がれようかと、主人孫権が、特に不肖を使いとなして、呉の衷心(ちゅうしん)を申しあげる次第でございます」「簡単に聞こう...
吉川英治 「三国志」
...正法院の僧兵二百余人...
吉川英治 「私本太平記」
...六波羅放免(密偵)二百余人の操縦に腕をふるい...
吉川英治 「私本太平記」
...余人(よじん)にその儀(ぎ)をおいいつけになられては...
吉川英治 「神州天馬侠」
...それにしたがう二十余人の兵...
吉川英治 「神州天馬侠」
...子飼の郎党六十余人と共に...
吉川英治 「新書太閤記」
...総勢四百余人――それは当面の敵兵力の十分の一に過ぎなかったが...
吉川英治 「新書太閤記」
...余人には効(き)くかもしれぬが...
吉川英治 「新書太閤記」
...主謀者の五十余人を...
吉川英治 「新書太閤記」
...余人との試合は、好むところでおざらん」「……ははあ?」山伏は苦笑した...
吉川英治 「宮本武蔵」
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