...洪積層は地層の一つで、古代地球上での川の堆積物からできています...
...吾妻橋(あづまばし)から川下ならば、駒形(こまかた)、並木、蔵前(くらまえ)、代地(だいち)、柳橋(やなぎばし)、あるいは多田の薬師前、うめ堀、横網の川岸――どこでもよい...
芥川龍之介 「大川の水」
...つまり、火事で焼けてしまっては何も残らないことになりますから――まず雷門を起点にして、現今の浅草橋(浅草御門(ごもん)といった)に向って南に取って行くと、最初が並木(並木裏町が材木町)それから駒形(こまがた)、諏訪町、黒船町(くろふねちょう)、それに接近して三好町(みよしちょう)という順序、これをさらに南へ越すと、蔵前(くらまえ)の八幡町、森田町、片町(かたまち)、須賀町(すがちょう)(その頃は天王寺ともいった)、茅町(かやちょう)、代地、左衛門河岸(さえもんがし)(左衛門河岸の右を石切(いしきり)河岸という...
高村光雲 「幕末維新懐古談」
...たとえば、この前お話したように、札差(ふださし)の中では、代地の十一屋、天王橋の和泉屋喜兵衛、伊勢屋四郎左衛門など、大商人では日本橋大伝馬町の勝田という荒物商(これは鼠の話の件(くだり)で私が師匠の命で使いに参った家)、山村仁兵衛という小舟町の砂糖問屋、同所堀留大伝(砂糖問屋)、新川新堀の酒問屋、吉原(よしわら)では彦太楼尾張、佐野槌、芸人では五代目菊五郎、市川小団次、九蔵といった団蔵(だんぞう)、それから田舎の方では野田の茂木醤油(しょうゆ)問屋など、いずれも上華客(じょうとくい)の方でありました...
高村光雲 「幕末維新懐古談」
...百本杭と代地の河岸を襲って来ます...
谷崎潤一郎 「幇間」
...代地(だいち)と云えば近くて十丁以内にはなく...
徳冨健次郎 「みみずのたはこと」
...代地の方は建具造作(ぞうさく)の入替(いれかえ)位にてどうにか住まへるかと存じ候へども場所がらだけあまり建込(たてこ)み日当(ひあたり)あしく二階からも一向に川の景色見え申さず値段も借地にて家屋だけ建坪三十坪ほどにて先方手取一万円引ナシとは大層な吹掛(ふっかけ)やうと存じ候...
永井荷風 「雨瀟瀟」
...浅草代地河岸稲垣にて清元香風会さらひあり...
永井荷風 「断腸亭日乗」
...橋を渡って代地あたりの闇に消えてしまいました...
中里介山 「大菩薩峠」
...代地のお秀の家で...
野村胡堂 「錢形平次捕物控」
...それより兩國から代地へかけては錢形の親分の繩張り内ですぜ」「十手捕繩に繩張りがあるものか...
野村胡堂 「錢形平次捕物控」
...代地のお秀の家へ行くと...
野村胡堂 「銭形平次捕物控」
...鴎洲館とかいう、蔵前代地の、お船蔵近くの大きな貸席で、代言人の大会があった時、意見があわないとて、父の立つ演壇へ大勢が飛上って来て、真鍮(しんちゅう)の燭台で打ちかかるものや飛附いてくるものを、父は黒骨の扇――丁度他家からおくられた、熊谷直実(くまがいなおざね)の軍扇を摸したのだという、銀地に七ツ星だか月だかがついていたものだ――をもっていて身をふせいだのを、撃剣(げっけん)の方の手がきいているので鉄扇(てっせん)をもっているのかと思い、死(しに)もの狂いで噛(か)みついたりひっかいたのであった...
長谷川時雨 「西洋の唐茄子」
...代地河岸の家を後にした...
正岡容 「圓太郎馬車」
...青山から代地まで...
正岡容 「小説 圓朝」
...あの代地河岸へ越してすぐ...
正岡容 「小説 圓朝」
...亀蔵の口入人神田久右衛門町代地富士屋治三郎...
森鴎外 「護持院原の敵討」
...あんまり代地の権内を甘く見るなよ」「どうしても...
吉川英治 「雲霧閻魔帳」
...代地の権内の事件が原因らしい...
吉川英治 「雲霧閻魔帳」
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