...享和年間(きようわねんかん)の鳥海噴火(ちようかいふんか)と享保年間(きようほねんかん)の岩手噴火(いはてふんか)とに於(おい)ては...
今村明恒 「火山の話」
...享和(きょうわ)三年家督(かとく)...
江戸川乱歩 「孤島の鬼」
...○橘菴漫筆(きつあんまんひつ)に(享和元年京の田仲宣作)「京師下河原に佐野屋嘉兵衛といふもの...
京山人百樹刪定 「北越雪譜」
...享和二年十一月には...
田中貢太郎 「日本天変地異記」
...されば寛政末年より享和(きょうわ)の始めに至る時代風俗の変遷と共に歌麿美人の身長もまた極端に馳(は)せ遂(つい)にその特徴たる廃頽(はいたい)的情味を形造(かたちづく)るに至りしが享和の末よりはややその身長の度を減ずるに従ひ...
永井荷風 「江戸芸術論」
...享和三年十二月六日まで屏禁せられて居り...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...伊佐は享和三年七月二十八日に歿した...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...此二遊は蘭軒雑記に「享和閏(うるふ)正月」と記し...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...文化十年より溯つて十年前とすれば、享和三年である...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...蘭軒は享和三年に巾着を買つて茶山に送つたのである...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...享和三年九月三日に...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...その掛川に仕へたのが享和二年三十二歳の時である...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...しかし京を去つた年は或は享和二年ではなからうか...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...渉筆に、「遠恥東帰、開業授徒、享和癸亥七月、病麻疹而没、年纔二十五、府下識与不識、莫不悼惜者、親友輯其遺稿若干篇上木、予亦跋其後、小蓮残香集是也」と云つてある...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...享和元年三月十日に寂したから...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...林述斎の墓誌に、「遂以天明四年、賜謁大廷、尋而執技出入城中者数年、至享和元年、擢入西城医院、叙法眼位」と云つてある...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...それが享和三年に十四歳で五百の父忠兵衛の妾になった...
森鴎外 「渋江抽斎」
...源平(げんべえ)、源之助、訥升(とつしょう)、宗十郎、長十郎、高助(たかすけ)、高賀(こうが)と改称した人で、享和二年に生れ、嘉永六年十一月十五日に五十二歳で歿した...
森鴎外 「渋江抽斎」
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