...廿四日、己亥、晴、京都の使者参著す、去る十日より上皇御瘧病、毎日発らしめ給ふ、内外の御祈祷更に其験見えずと云々...
太宰治 「右大臣実朝」
...× × ×十二支組の一人、亥太郎が、自分の惡事の妨(さまた)げになるので、素姓を知つた昔の仲間を片つ端から殺しましたが、お珊(さん)の美色に未練があつたばかりに、たうとう最後の二人で躓(つまづ)いてしまつたのです...
野村胡堂 「錢形平次捕物控」
...亥刻(よつ)(十時)近い刻限でしょう...
野村胡堂 「銭形平次捕物控」
...帰った時刻は?」「戌刻(いつつ)(八時)過ぎに来て亥刻(よつ)(十時)前に帰りました」染五郎は昂然(こうぜん)と応えるのです...
野村胡堂 「銭形平次捕物控」
...一パイきめて歸つたのが亥刻(よつ)(十時)少し過ぎかな...
野村胡堂 「錢形平次捕物控」
...丁度よいところでやったようです」「それは何時のことだ」「昨夜亥刻(よつ)(十時)過ぎだったそうです...
野村胡堂 「銭形平次捕物控」
...幸田節三はこの乙亥元旦午前九時十二分を期して必ず噴水の鶴が鳴くと断言し...
久生十蘭 「魔都」
...)より船を出して戌亥の方に向て遣り(凡四十リといへり...
松浦武四郎 「他計甚※[#「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2-94-57](竹島)雜誌」
...七月二十八日亥の刻に流行性痢疾の徴を見...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...家譜に「文政十丁亥八月十五朝出生...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...辛亥には六十九歳であつた...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
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森鴎外 「伊沢蘭軒」
...棠軒は乙亥の歳十一月十六日に四十二歳にして歿した...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...四年辛亥、五歳...
森鴎外 「能久親王年譜」
...二度目の亥の日を百姓の亥の子といって...
柳田国男 「故郷七十年」
...「亥の刻(午後十時)もはや下刻に近い由にございます」答えたのは勘介入道である...
吉川英治 「上杉謙信」
...亥(い)の刻(こく)(午後十時)に近い...
吉川英治 「新書太閤記」
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若山牧水 「みなかみ紀行」
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