例文・使い方一覧でみる「亞」の意味


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...露西の百姓の樣な服を着て...   露西亞の百姓の樣な服を着ての読み方
石川啄木 「葬列」

...おまへは瑪利樣(マリヤさま)に捧げた寶石だ...   おまへは瑪利亞樣に捧げた寶石だの読み方
上田敏 上田敏訳 「牧羊神」

...麻いろの眼をしたる怪鳥の爭...   亞麻いろの眼をしたる怪鳥の爭の読み方
アルテュル・ランボオ 上田敏訳 「醉ひどれ船」

...これは麻色の髮をした...   これは亞麻色の髮をしたの読み方
オウ・ヘンリ 三宅幾三郎訳 「水車のある教會」

...我々露西人は感傷的理想主義的革命を試ると云ふ失策を演じた...   我々露西亞人は感傷的理想主義的革命を試ると云ふ失策を演じたの読み方
關口存男 「新獨逸語文法教程解説」

...何時(いつ)か貴方(あなた)は露西(ロシヤ)には哲學(てつがく)は無(な)い...   何時か貴方は露西亞には哲學は無いの読み方
アントン・チエホフ Anton Chekhov 瀬沼夏葉訳 「六號室」

...は人種上に於ても...   亞細亞は人種上に於てもの読み方
竹越三叉 「世界の日本乎、亞細亞の日本乎」

...「魯西官吏は安政三年より定むべし...   「魯西亞官吏は安政三年より定むべしの読み方
徳永直 「光をかかぐる人々」

...昌造ノ咄ニ此度ビ、魯西、獨兒格(トルコ)ト戰ヒ、英佛ノ二國獨兒格ヲ援ク、魯西ノ軍艦十隻爲メニ英軍ニ獲ラル」と志齋は書いてゐる...   昌造ノ咄ニ此度ビ、魯西亞、獨兒格ト戰ヒ、英佛ノ二國獨兒格ヲ援ク、魯西亞ノ軍艦十隻爲メニ英軍ニ獲ラル」と志齋は書いてゐるの読み方
徳永直 「光をかかぐる人々」

......   の読み方
豊島与志雄 「幻の彼方」

......   の読み方
豊島与志雄 「幻の彼方」

...ポケツトに米利加の卷烟草を二箱ばかり入れて來たのであるが...   ポケツトに亞米利加の卷烟草を二箱ばかり入れて來たのであるがの読み方
永井荷風 「羊羹」

...鉛張(とたんばり)の庇(ひさし)の上(うへ)で寒(さむ)い音(おと)がした...   亞鉛張の庇の上で寒い音がしたの読み方
夏目漱石 「門」

...去來する雲の姿が露西(ロシア)の映畫のやうに明るく見えて...   去來する雲の姿が露西亞の映畫のやうに明るく見えての読み方
林芙美子 「摩周湖紀行」

...神戸へ行つてHotel Essoyanといふ露西人の經營してゐる怪しげなホテルに泊つた時...   神戸へ行つてHotel Essoyanといふ露西亞人の經營してゐる怪しげなホテルに泊つた時の読み方
堀辰雄 「鳥料理」

...世界の宗教に一番廣く大なる影響を與へたものは印度の密教である、日本では弘法大師が眞言宗の一派を開かれましたが、密教の思想は弘法大師の創作に係る譯ではない、元は支那にあり、而して支那の元は印度から來て居るのである、印度では色々な原因がありますけれども、是れは餘り專門的の事に渉りますから略しますが、兎に角密語といふものが古くから唱へられた、密語といへば何か一種の神變不可思議の意味をもつて居る語があるやうに考へられますが、是れは西洋のアルハベツト、日本のイロハ五十音に於て、一字々々に祕密の意味がある、是れを密語といつたのである、例へば A、アといふ字は一切法本より生ぜず、イといふ字は一切法根得べからず、ウといふ字は一切法比喩も得べからず等といふ意義があるので、總て五十音に於て、一字々々一定の祕密の意味が定まつて居るのである、是れは佛教に於ても大變大切な事であつて、此の祕密の意味を聽いたり讀んだり覺えたり、又他の人に説いたりすると、二十の功徳があるといふ、其の内には大變覺え宜くなり、智惠を得或は衆生の語を知ることが出來、或は又天耳、或は宿命、或は生死通を得といふ、斯樣な功徳が二十も列擧してある、而して此の密語の中に於ても、弘法大師の立てられた眞言では、吽といふ字が最も大切なものとなつて居るが、バラモン教に於いてはが最第一である、と吽との字の起りは違ふが、後には印度でも同一と看做さるるやうになつて、吽或はは眞言中の眞言、密語中の密語と稱へられてある、所が此密語なるものが、第一に回教に傳はつて、其の聖典のコーランと云ふ經文に顯はれて居るである、同書の中には章の初めに A.L.M といふ字が屡次繰り返し出て居る、是迄は何の事か色々と解釋をして見たが畢竟不得要領で判らなかつた、近頃段々研究した所が、是れは回教の方からは判らぬ筈で、元來回教から出た所のものではなく、印度から受繼いだ所の密語であることが判つた、是れは即ち前にいつた、OM 又 AUM の字である、併しAとMとは同じであるが唯中の字が違ふ、UがLとなつて居る、是は何故かといふに、拉比語に於てLがAによつて先だたれる時にはUの音となるといふ規則がある、其處で拉比人はアウムの三字を採つて來たのであるが、自國の語の法則に由つて、Lと書いたのである、斯うすると能く判つて來る、ツマリ印度の所謂密語が拉比に傳はつて回教の中に這入つたのである、で拉比人も自分だけの智識では到底其意味の説明は附かなかつた、マホメツトの回教の出來たのは、紀元後六百年の初めで、此時代は印度佛教の次第に衰へバラモン教の勢力が盛となり、佛教も亦漸く彼と同化せんとした時である、で第七世紀の頃に傳はつたニポール、西藏の佛教が、矢張りを非常に大切な密語と看做して居るのを見ても、其の拉比に傳はつて往つたのは敢て怪むに足らぬ、夫から又カバラーといふ宗教がある、是れは猶太教の内の密教で紀元後二世紀から出來、初め小の間に行はれてあつたが、段々歐羅巴に流布し、到る處に行はれるやうになつた、此の密教に於ても一つ不思議な事がある、即ち此教ではヘブリユー語のアルハベツトに一々密意義を與へ、而して以て色々の説明をやつて居るのである、唯一つ/\の文字のみならず、數多の文字から成立つて居る語全體に更に纒つた密義を附けると云ふ點が印度と少し違つて居る、例へばエデンの園、Gnedn といへば此の音字一つ/\に就て密義といふものがあり、而して全體に於て又纒つた密義がある、印度に於ては一字々々の密義はあるが語全體に纒つた密義はない、但し其の密義の出來やうは全く印度のと同じである、即ちアとかイとかいふ字音を頭にもつて居る語の内で、道徳的、宗教的の意義あるものを考へ之を其の密義としたに過ぎない、所が此のカバラーの解釋法は今日尚歐羅巴に於て見ることが出來る、丁度謎のやうなもので、例へば Menu(西洋の食卓の獻立書)といふ字があれば、戯れに之を解釋してMといふ字は即ち Mann(人)E といふは Esse 即ち(食)N といふは Nicht(否定の文字)Uといふは Unmssig(過度)の義である、だから獻立書といふ字はツマリ食つて其の度を失はざれといふ意義であると、斯ういふ風に解釋するので、是れは單に席上のお慰みであるが、兎に角カバラーの解釋の今に存するのであることは明らかである、其の他カバラーは印度思想と密接な關係を有して居つて、修行者は禪定三昧に入つて、我を忘れてしまはなければならぬ、然うすると神變不可思議力を得、初めて解脱の境に入ることが出來るといふやうなことも説いて居るので、此等の點は全く印度の思想と同じである、それであるから印度の密教は印度を中心として起つて、東北はニポール、西藏、支那、日本にも渉り、西は拉比、小からして歐羅巴全體に擴つたのである、實に密教、即ち印度の思想は世界の宗教に向つて多大の影響を與へた...   世界の宗教に一番廣く大なる影響を與へたものは印度の密教である、日本では弘法大師が眞言宗の一派を開かれましたが、密教の思想は弘法大師の創作に係る譯ではない、元は支那にあり、而して支那の元は印度から來て居るのである、印度では色々な原因がありますけれども、是れは餘り專門的の事に渉りますから略しますが、兎に角密語といふものが古くから唱へられた、密語といへば何か一種の神變不可思議の意味をもつて居る語があるやうに考へられますが、是れは西洋のアルハベツト、日本のイロハ五十音に於て、一字々々に祕密の意味がある、是れを密語といつたのである、例へば A、アといふ字は一切法本より生ぜず、イといふ字は一切法根得べからず、ウといふ字は一切法比喩も得べからず等といふ意義があるので、總て五十音に於て、一字々々一定の祕密の意味が定まつて居るのである、是れは佛教に於ても大變大切な事であつて、此の祕密の意味を聽いたり讀んだり覺えたり、又他の人に説いたりすると、二十の功徳があるといふ、其の内には大變覺え宜くなり、智惠を得或は衆生の語を知ることが出來、或は又天耳、或は宿命、或は生死通を得といふ、斯樣な功徳が二十も列擧してある、而して此の密語の中に於ても、弘法大師の立てられた眞言では、吽といふ字が最も大切なものとなつて居るが、バラモン教に於いてはが最第一である、と吽との字の起りは違ふが、後には印度でも同一と看做さるるやうになつて、吽或はは眞言中の眞言、密語中の密語と稱へられてある、所が此密語なるものが、第一に回教に傳はつて、其の聖典のコーランと云ふ經文に顯はれて居るである、同書の中には章の初めに A.L.M といふ字が屡次繰り返し出て居る、是迄は何の事か色々と解釋をして見たが畢竟不得要領で判らなかつた、近頃段々研究した所が、是れは回教の方からは判らぬ筈で、元來回教から出た所のものではなく、印度から受繼いだ所の密語であることが判つた、是れは即ち前にいつた、OM 又 AUM の字である、併しAとMとは同じであるが唯中の字が違ふ、UがLとなつて居る、是は何故かといふに、亞拉比亞語に於てLがAによつて先だたれる時にはUの音となるといふ規則がある、其處で亞拉比亞人はアウムの三字を採つて來たのであるが、自國の語の法則に由つて、Lと書いたのである、斯うすると能く判つて來る、ツマリ印度の所謂密語が亞拉比亞に傳はつて回教の中に這入つたのである、で亞拉比亞人も自分だけの智識では到底其意味の説明は附かなかつた、マホメツトの回教の出來たのは、紀元後六百年の初めで、此時代は印度佛教の次第に衰へバラモン教の勢力が盛となり、佛教も亦漸く彼と同化せんとした時である、で第七世紀の頃に傳はつたニポール、西藏の佛教が、矢張りを非常に大切な密語と看做して居るのを見ても、其の亞拉比亞に傳はつて往つたのは敢て怪むに足らぬ、夫から又カバラーといふ宗教がある、是れは猶太教の内の密教で紀元後二世紀から出來、初め小亞細亞の間に行はれてあつたが、段々歐羅巴に流布し、到る處に行はれるやうになつた、此の密教に於ても一つ不思議な事がある、即ち此教ではヘブリユー語のアルハベツトに一々密意義を與へ、而して以て色々の説明をやつて居るのである、唯一つ/\の文字のみならず、數多の文字から成立つて居る語全體に更に纒つた密義を附けると云ふ點が印度と少し違つて居る、例へばエデンの園、Gnedn といへば此の音字一つ/\に就て密義といふものがあり、而して全體に於て又纒つた密義がある、印度に於ては一字々々の密義はあるが語全體に纒つた密義はない、但し其の密義の出來やうは全く印度のと同じである、即ちアとかイとかいふ字音を頭にもつて居る語の内で、道徳的、宗教的の意義あるものを考へ之を其の密義としたに過ぎない、所が此のカバラーの解釋法は今日尚歐羅巴に於て見ることが出來る、丁度謎のやうなもので、例へば Menuといふ字があれば、戯れに之を解釋してMといふ字は即ち MannE といふは Esse 即ちN といふは NichtUといふは Unmssigの義である、だから獻立書といふ字はツマリ食つて其の度を失はざれといふ意義であると、斯ういふ風に解釋するので、是れは單に席上のお慰みであるが、兎に角カバラーの解釋の今に存するのであることは明らかである、其の他カバラーは印度思想と密接な關係を有して居つて、修行者は禪定三昧に入つて、我を忘れてしまはなければならぬ、然うすると神變不可思議力を得、初めて解脱の境に入ることが出來るといふやうなことも説いて居るので、此等の點は全く印度の思想と同じである、それであるから印度の密教は印度を中心として起つて、東北はニポール、西藏、支那、日本にも渉り、西は亞拉比亞、小亞細亞からして歐羅巴全體に擴つたのである、實に密教、即ち印度の思想は世界の宗教に向つて多大の影響を與へたの読み方
松本文三郎 「世界に於ける印度」

...勿論自分は後にして來た米利加...   勿論自分は後にして來た亞米利加の読み方
水上瀧太郎 「貝殼追放」

...四壁は字形に繞らされ...   四壁は亞字形に繞らされの読み方
與謝野寛・與謝野晶子 「満蒙遊記」

「亞」の読みかた

「亞」の書き方・書き順

いろんなフォントで「亞」

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「梅雨」の漢字はなぜ“梅”?「黴雨」「五月雨」「入梅」との違いをわかりやすく解説

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