...一方は井堰(いぜき)...
中里介山 「大菩薩峠」
...氏(うじ)無くして玉(たま)の輿(こし)と申しまする本文通り、わたくしたちが一代の女の出世頭として、羨望(せんぼう)の的とされておりましたが、そのうち、加賀の国から、あの仏御前(ほとけごぜん)が出てまいりましてからというものは、わたくしたちの運命は、御承知の通り哀れなものでございました」と言って、美人はここで声を曇らせて、面を伏せたようでしたが、また向き直って、仏も昔は凡夫なりわれらも後には仏なりいづれも仏性(ぶつしやう)具せる身を隔つるのみこそ悲しけれそれは悲しい調子に歌い出されて来ましたが、また急に晴々しい言葉になって、「愚痴を申し上げて相済みません、栄枯盛衰は世の常でございますから、欺いたとて詮(せん)のないことでございました、仏御前に寵愛(ちょうあい)を奪われましてから後の、わたくしたちの運命というものは、御承知の通りでございまして、すべての世界も、人情も、みんな一変してしまいましたが、ただ一つ変らぬものとして、ごらん下さいませ、この井堰(いぜき)の水の色を……」と言って、美人は後ろを顧みて漫々たる池水を指し、「わたくしたちのあらゆる栄耀栄華(えいようえいが)のうちに、ただ一つ、これだけが残りました」と言って、美人は相変らず水門に腰をかけた卒塔婆小町のような姿勢で、うしろの池水を指さしながら、「この池と、この井堰と、この用水とは、わたくしが六波羅時代に掘られたものでございます、それは、わたくしの生れ故郷の人たちが、水に不足して歎くところから、わたくしが費用を出して、この池と、塘(つつみ)と、堀とを、すっかりこしらえさせてやりました...
中里介山 「大菩薩峠」
...井堰とを見守って...
中里介山 「大菩薩峠」
...それでも井堰(いせき)を溢るる出水のように...
中里介山 「大菩薩峠」
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