...「五部書」は、中国の歴史書の一つである...
...彼は、五部書を熟読したことがある...
...学校の授業で、五部書の中の一つを勉強した...
...五部書についてのレポートを書くために、図書館で調べ物をしている...
...宗教に関したるもの 九十五部シナの言語...
井上円了 「欧米各国 政教日記」
...先月の分は一割五部しかないのですもの...
魯迅 井上紅梅訳 「端午節」
...其外に恐らく五部と無いものであろう...
内田魯庵 「灰燼十万巻」
...ところがその経巻が三十五部四十四巻あった...
高楠順次郎 「東洋文化史における仏教の地位」
...五部十部と街じゅうの本屋にくばって歩いた...
太宰治 「猿面冠者」
...それから南北朝時代にかけて五部の大乘經が出版された...
内藤湖南 「大阪の町人と學問」
...五部に作つたといふ説もあります...
内藤湖南 「支那の書目に就いて」
...梁の時に分けた五部と同じやうな形になつて居つて...
内藤湖南 「支那の書目に就いて」
...梁の目録は五部になつたと云はれるから...
内藤湖南 「支那目録學」
...勘定をしたら百三十五部あった...
夏目漱石 「カーライル博物館」
...事務官の堺(さかひ)といふ、もう白髪をいたゞいた老人が、「昔は、こゝも、ほとんど朝鮮人労働者ばかりでしたが、今は全部日本人で、満洲、朝鮮からの引揚げ者に変り、アカハタ新聞が、五部ばかり、此の島へ送つて来るやうになつてをります...
林芙美子 「浮雲」
...この五部の書が即ちこれである...
森鴎外 「渋江抽斎」
...これらの点については拙著『モンテーニュとその時代』第四部第五部や白水社版『モンテーニュ全集』第四巻「旅日記」のところどころを参照せられたい...
ミシェル・エーケム・ド・モンテーニュ Michel Eyquem de Montaigne 関根秀雄訳 「モンテーニュ随想録」
...下野(しもつけ)芳賀(はが)郡小貝村大字大谷津字加々地下総(しもうさ)猿島(さしま)郡幸島(こうじま)村大字五部(ごへ)字加々道武蔵南足立(みなみあだち)郡江北村字加々皿沼サラはアイヌ語でも...
柳田國男 「地名の研究」
...また袁紹は気勢ばかりあげているが、部下の田豊(でんほう)、審配(しんぱい)、許攸(きょゆう)などの良将もみな一致を欠き、加うるに、袁紹自身の優柔不断、なんで神速の兵をうごかせましょうや」その説は、自分の志望と合致したので、曹操はたちどころに決心して、軍監、参謀、各司令、糧食、輸送などの各司令を一堂によび集め、「兵二十万をととのえ、五部隊にわかち、三道より徐州へ攻め下れ」と、軍令を発した...
吉川英治 「三国志」
...そしてそれらの兵員を五部に編制し...
吉川英治 「三国志」
...数多の第五部隊を用いて...
吉川英治 「三国志」
...第五部隊の参軍梁畿(りょうき)から...
吉川英治 「三国志」
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