...尤も亡くなつた上田敏博士などは...
薄田泣菫 「飲酒家」
...谷本博士と名妓(めいぎ)7・13(夕)亡くなつた上田敏博士が京都大学に初めて来た頃谷本梨庵博士は文科の創設者として早くから京都の土を踏むでゐたから...
薄田泣菫 「茶話」
...亡くなつた上田敏氏は子供の時静岡へ往(ゆ)く道中...
薄田泣菫 「茶話」
...クンカン8・11(夕)亡くなつた上田敏博士は晩年...
薄田泣菫 「茶話」
...女中の返事10・20(夕)上田敏博士が文科大学教授として初めて京都の土を踏んだ時...
薄田泣菫 「茶話」
...ある日ひよつくり思ひ立つて岡崎にゐる上田敏博士を訪ねた...
薄田泣菫 「茶話」
...尤も亡くなつた上田敏博士などは...
薄田泣菫 「茶話」
...亡くなつた上田敏氏の未定稿『ダンテの神曲』を刊行した事以外には...
薄田泣菫 「茶話」
...その当時は象徴派、ロマンチック派等が詩壇に起って僕は蒲原有明、上田敏、薄田泣菫などのものを読んだ...
高村光太郎 「美術学校時代」
...情籠りて云々は上田敏...
太宰治 「もの思う葦」
......
永井荷風 「書かでもの記」
...上田敏先生は日本橋角の大倉はどうだらうと云はれたのですが森先生はひどく反対でした...
永井壮吉 「出版屋惣まくり」
...上田敏君もこの期に属している...
夏目漱石 「僕の昔」
...上田敏(うえだびん)博士(当時学士)などに紹介されて...
野村胡堂 「楽聖物語」
...上田敏氏の譯である...
長谷川時雨 「春」
...憂き十年一人の人と山小屋の素子の妹背の如く住みにき明治三十四年から十年間の晶子さんは相当世間に認められ独り歌許りではなく新訳源氏を出しては上田敏さんから紫女と才分を等しうするものと折紙をつけられ...
平野萬里 「晶子鑑賞」
...上田敏氏の書齋に坐り込んで...
室生犀星 「京洛日記」
...同じ『文学界』に出た上田敏君の「まちむすめ」なども...
柳田国男 「故郷七十年」
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