...一九(いっく)や三馬(さんば)はたいしたものでげす...
芥川龍之介 「戯作三昧」
...昔では例の式亭三馬(しきていさんば)が作った「江戸の水」があるばかりなのが...
淡島寒月 「江戸か東京か」
...三馬とトルストイをごっちゃに饒舌(しゃべ)る...
泉鏡花 「薄紅梅」
...此(この)以前(いぜん)も三馬(さんば)の浮世風呂(うきよぶろ)を一册(いつさつ)沒收(ぼつしう)されて四週間(ししうかん)置放(おきつぱな)しにされたため...
泉鏡花 「怪談女の輪」
...渠等の多くは京伝や馬琴や三馬の生活を知っていた...
内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
...面白ずくに三馬や京伝や其磧(きせき)や西鶴(さいかく)を偉人のように持上げても...
内田魯庵 「二葉亭余談」
...(岡田武松)解説鈴木牧之翁略伝本書の著作者鈴木牧之(ボクシ)翁は、明和七年正月七日に、越後の国の塩沢に生れた、塩沢は今日の新潟県南魚沼郡塩沢町である、幼時は弥太郎と云つたが、大きくなつてから、儀三治と改めた、翁の父は、質屋と縮布の仲買を営んでゐた、さうして渡世の傍に、俳諧に遊び、周月庵牧水と号してゐた、翁の牧之と云ふ号は、父の牧水の一字を採つたのである、牧之翁は幼時から英敏であつた、大運寺の快運法師に師事して経書を学び、詩は徳昌寺の虎斑禅師に就て学んだ、翁はまた幼時より画を狩野梅笑に学んで、凡んど画師に近いまでの腕前になつてゐた、北越雪譜の挿画の如きは、原図は大部分翁自ら画いたものである、壮年の頃から、既に風流韻事を解し、諸芸百般に通じてゐたから、交遊は甚だ広かつた、殊に当時の一流の文士であつた馬琴、真顔、六樹園、蜀山人、京伝、京山、一九、三馬、玉山なぞと親交あり、漢学者の鵬斎なぞとも交を訂し、画家では文晁、北斎なぞとも懇意であつた、その外に、名優団十郎、名妓花扇とも往復をしてゐた、元来北越の田舎に多く在住し、商用にて時折上京し、寸※を割いては是等の名流を訪れたのである、然し交通の不便な時代にさう頻繁に上京は出来なかつたから、多くは書簡の往復での交りが多かつた、翁はその往復の書簡を丁寧に蒐集して「筆かゞみ」と名づけて珍蔵して居られた...
京山人百樹刪定 「北越雪譜」
...三馬(さんば)や春水(しゅんすい)の人情本では乙(おつ)だが...
谷崎潤一郎 「The Affair of Two Watches」
...講談本なぞ、幾様(いくよう)の音律を附けて、岩見重太郎の大蛇退治でも、八犬伝でも、寛永三馬術でも、近所の人達が聴きに来ると、得意になって読んだものである...
徳永直 「戦争雑記」
...式亭三馬(しきていさんば)が戯作浮世床(げさくうきよどこ)の挿絵に歌川国直(うたがはくになほ)が路地口のさまを描いた図がある...
永井荷風 「路地」
...天下の三馬鹿というそうだ...
野村胡堂 「胡堂百話」
...つまり三馬鹿の筆頭なのである...
野村胡堂 「胡堂百話」
...この三馬などが相当に大きな顔をしているのだから合巻読み物の世界はじつに下らない容易いところだ...
林不忘 「仇討たれ戯作」
...」と三馬の口真似をして笑った...
林不忘 「仇討たれ戯作」
...三馬はきっと相変らず酒を飲みながら楽々と書いているだろうと思うと...
林不忘 「仇討たれ戯作」
...相手が三馬なのでこじれるだけこじれて行った...
林不忘 「仇討たれ戯作」
...彼氏はその時刻に二馬路から三馬路にかけて歩道を散歩して居れば必ずその白い馬車を必ず定(きま)つて見かけた...
三岸好太郎 「上海の絵本」
...何にもせよ三馬(さんば)の『浮世風呂』などに見るような...
柳田國男 「野草雑記・野鳥雑記」
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