...井伊家は江戸時代に三河国・遠江国に分布していた...
...私は神田旅籠(はたご)町の三河屋幸三郎(みかわやこうざぶろう)というものだ」こういい残して帰りました...
高村光雲 「幕末維新懐古談」
...島なき場所も柳島(やなぎしま)三河島(みかわしま)向島(むこうじま)なぞと呼ばれ...
永井荷風 「日和下駄」
...書出しは祖先の三河時代の功業から起っている...
中里介山 「大菩薩峠」
...「ここらはもう三河島(みかわしま)田圃...
長谷川時雨 「チンコッきり」
...日蓮宗が京師に入つたのは、日像が永仁年間に傳道したのが始まりで、夫より鎌倉時代の末まで、振はず、衰へずに續いて居る、東方から京都へ入るのに、遠江、三河、尾張等を殆ど素通りにして、眞一文字に京都に突入したのは、日本に於て宗教として勢力を得るには、どうしても京都と云ふ文明の中心を陷れなければならぬと云ふことを、純粹に關東式なる日蓮宗すらも感ぜざるを得なかつたが爲であるらしく考へらるゝが、此時代と兩統迭立の始まつた時代と大差なきことを考へ、而して兩統迭立といふことは、必しも關東の希望ではなく、寧ろ關東の方から讓歩したものとする時は、此日蓮宗が京都に入つた永仁正安の頃といふものは、鎌倉開府以來勢力を失て居つた京都の、日本の中心としての價値が、丁度此頃に回復されたものとも考ふることが出來るので、氣運の變遷から觀察して鎌倉時代史中の一段落と認むることが出來る樣にも思はれる...
原勝郎 「鎌倉時代の布教と當時の交通」
...麻布三河台にあった大名の古屋敷に...
久生十蘭 「我が家の楽園」
...三河(みかは)の鳳來寺山(ほうらいじさん)と高野山(こうやさん)...
本多靜六 「森林と樹木と動物」
...三河の渥美(あつみ)半島では三十年余り以前...
柳田国男 「木綿以前の事」
...ことに三河の本国の村里を物色して...
柳田国男 「雪国の春」
...五万石に加封(かほう)のうえおなじ三河の岡崎城へ移された...
山本周五郎 「日本婦道記」
...長暖簾は割烹店、すし屋、そば屋その他の飲食店、あるいは男女雇人口入れの慶庵ぐらい、もっとも真田の縁を取った慶庵の暖簾などはあまりくぐり栄えのせぬ野暮な代物、転じて暖簾の屋号を見ると、大抵は先祖出身の国々、江戸名物の伊勢屋稲荷に犬の屎、その伊勢屋を筆頭に、近江屋、駿河屋、三河屋、相模屋、越前屋などはどこの町内にも見受けたくらい、東海道、東山道は大概揃っていたが、今はそれらも本名の何々商店と改まって、暖簾の数も減ったわけ...
山本笑月 「明治世相百話」
...三河武者の訪れや早馬の到着を見...
吉川英治 「私本太平記」
...三河諸党の愛護があったことは高氏にも否めない...
吉川英治 「私本太平記」
...家康(いえやす)の本城(ほんじょう)浜松へつくと同じ日にいくさになれた三河武士(みかわぶし)の用意もはやく...
吉川英治 「神州天馬侠」
...お寛(くつろ)ぎあって」三河守は...
吉川英治 「新書太閤記」
...尾張三河へ入るにはやすく...
吉川英治 「新書太閤記」
...三河の本国へ出て行こうとは...
吉川英治 「新書太閤記」
...三河の人で峨山(がざん)和尚...
吉川英治 「親鸞聖人について」
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