...ちいさい子ちいさい子かわいい子おまえはいったいどこにいるのかふと躓(つまず)いた石のようにあの晴れた朝わかれたままみひらいた眼のまえに母さんがいないくっきりと空を映すおまえの瞳のうしろでいきなりあか黒い雲が立ちのぼり天頂でまくれひろがるあの音のない光りの異変無限につづく幼い問のまえにたれがあの日を語ってくれようちいさい子かわいい子おまえはいったいどこにいったか近所に預けて作業に出かけたおまえのことその執念だけにひかされ焔の街をつっ走って来た両足うらの腐肉(ふにく)に湧きはじめた蛆(うじ)をきみ悪がる気力もないまま仮収容所のくら闇でだまって死んだ母さんそのお腹(なか)におまえをおいたまま南の島で砲弾に八つ裂かれた父さんが別れの涙をぬりこめたやさしいからだが火傷と膿と斑点にふくれあがりおなじような多くの屍とかさなって悶(もだ)え非常袋のそれだけは汚れも焼けもせぬおまえのための新しい絵本を枕もとにおいたまま動かなくなったあの夜のことをたれがおまえに話してくれようちいさい子かわいい子おまえはいったいどうしているのか裸の太陽の雲のむこうでふるえ燃える埃の、つんぼになった一本道を降り注ぐ火弾、ひかり飛ぶ硝子のきららに追われ走るおもいのなかで心の肌をひきつらせ口ごもりながら母さんがおまえを叫びおまえだけおまえだけにつたえたかった父さんのこと母さんのことそしていまおまえひとりにさせてゆく切なさをたれがつたえてつたえてくれようそうだわたしはきっとおまえをさがしだしその柔い耳に口をつけいってやるぞ日本中の父さん母さんいとしい坊やをひとりびとりひきはなしくらい力でしめあげやがて蠅のようにうち殺し突きころし狂い死なせたあの戦争がどのようにして海を焼き島を焼きひろしまの町を焼きおまえの澄んだ瞳から、すがる手から父さんを奪ったか母さんを奪ったかほんとうのそのことをいってやるいってやるぞ!墓標君たちはかたまって立っているさむい日のおしくらまんじゅうのようにだんだん小さくなって片隅におしこめられいまはもう気づくひともない一本のちいさな墓標「斉美(せいび)小学校戦災児童の霊」焼煉瓦で根本をかこみ三尺たらずの木切れを立て割れた竹筒が花もなくよりかかっているAB広告社CDスクーター商会それにすごい看板の広島平和都市建設株式会社たちならんだてんぷら建築の裏がみどりに塗ったマ杯テニスコートに通じる道の角積み捨てられた瓦とセメント屑学校の倒れた門柱が半ばうずもれ雨が降れば泥沼となるそのあたりもう使えそうもない市営バラック住宅から赤ン坊のなきごえが絶えぬその角に君たちは立っているだんだん朽ちる木になって手もなく足もなくなにを甘えなにをねだることもなくだまって だまって立っているいくら呼んでもいくら泣いてもお父ちゃんもお母ちゃんも来てはくれなかっただろうとりすがる手をふりもぎってよその小父ちゃんは逃げていっただろう重いおもい下敷きの熱いあつい風のくらいくらい 息のできぬところで(ああいったいどんなわるいいたずらをしたというのだ)やわらかい手がちいさな頚(くび)が石や鉄や古い材木の下で血を噴(ふ)きどんなにたやすくつぶれたことか比治山(ひじやま)のかげで眼をお饅頭(まんじゅう)のように焼かれた友だちの列がおろおろしゃがみ走ってゆく帯剣のひびきにへいたいさん助けて!と呼んだときにも君たちにこたえるものはなく暮れてゆく水槽のそばでつれてって!と西の方をゆびさしたときもだれも手をひいてはくれなかったそして見まねで水槽につかりいちじくの葉っぱを顔にのせなんにもわからぬそのままに死んでいったきみたちよリンゴも匂わないアメダマもしゃぶれないとおいところへいってしまった君たち〈ほしがりません……かつまでは〉といわせたのはいったいだれだったのだ!「斉美小学校戦災児童の霊」だまって立っている君たちのその不思議そうな瞳ににいさんや父さんがしがみつかされていた野砲が赤錆びてころがりクローバの窪みで外国の兵隊と女のひとがねそべっているのが見えるこの道の角向うの原っぱに高くあたらしい塀をめぐらした拘置所の方へ戦争をすまい、といったからだという人たちがきょうもつながれてゆくこの道の角ほんとうに なんと不思議なこと君たちの兎のような耳にそぎ屋根の軒から雑音まじりのラジオがどこに何百トンの爆弾を落したとか原爆製造の予算が何億ドルにふやされたとか増援軍が朝鮮に上陸するとかとくとくとニュースをながすのがきこえ青くさい鉄道草の根から錆びた釘さえひろわれ買われああ 君たちは 片づけられ忘れられるかろうじてのこされた一本の標柱もやがて土木会社の拡張工事の土砂に埋まりその小さな手や頚の骨を埋めた場所は何かの下になって永久にわからなくなる「斉美小学校戦災児童の霊」花筒に花はなくとも蝶が二羽おっかけっこをしくろい木目に風は海から吹きあの日の朝のように空はまだ 輝くあおさ君たちよ出てこないかやわらかい腕を交み起き上ってこないかお婆ちゃんはおまつりみたいな平和祭になんかゆくものかといまもおまえのことを待ちおじいさまはむくげの木蔭にこっそりおまえの古靴をかくしている仆(たお)れた母親の乳房にしゃぶりついて生き残ったあの日の子供ももう六つどろぼうをしてこじきをして雨の道路をうろついた君たちの友達ももうくろぐろと陽に焼けておとなに負けぬ腕っぷしをもった負けるものかまけるものかと朝鮮のお友だちは炎天の広島駅で戦争にさせないための署名をあつめ負けるものかまけるものかと日本の子供たちは靴磨きの道具をすてほんとうのことを書いた新聞を売る君たちよもういい だまっているのはいい戦争をおこそうとするおとなたちと世界中でたたかうためにそのつぶらな瞳を輝かせその澄みとおる声でワッ! と叫んでとび出してこいそして その誰の胸へも抱きつかれる腕をひろげたれの心へも正しい涙を呼び返す頬をおしつけぼくたちはひろしまのひろしまの子だ とみんなのからだへとびついて来い!影映画館、待合、青空市場焼けては建ち、たっては壊れ皮癬(ひぜん)のように拡がるあんちゃんのヒロシマのてらてら頭に油が溶けるノンストッキングの復興にあちこちで見つけ添えられいち早く横文字の看板をかけられた「原爆遺跡」のこれも一つペンキ塗りの柵に囲まれた銀行の石段の片隅あかぐろい石の肌理(きめ)にしみついたひそやかな紋様あの朝何万度かの閃光でみかげ石の厚板にサッと焼きつけられた誰かの腰うすあかくひび割れた段の上にどろどろと臓腑(ぞうふ)ごと溶けて流れた血の痕(あと)の焦(こ)げついた影ああ、あの朝えたいの知れぬ閃光と高熱と爆煙の中で焔の光りと雲のかげの渦に揉(も)まれ剥(は)げた皮膚を曳きずって這い廻り妻でさえ子でさえゆきあっても判らぬからだとなったひろしまの人ならば此の影も記憶の傷に這いずって消えぬものであろうに憐れに善良でてんと無関心な市民のゆききのかたわらで陽にさらされ雨に打たれ砂埃にうもれて年ごとにうすれゆくその影入口の裾に「遺跡」を置く銀行はざらざらと焼けた石屑ガラス屑を往来に吐き出し大仕掛な復旧工事を完成して巨大な全身を西日に輝かせすじ向いの広場では人を集める山伏姿の香具師(やし)「ガラスの蔽いでもしなければ消えてしまうが」と当局はうそぶいてきょうもぶらぶらやって来たあちらの水兵たちが白靴を鳴らして立止りてんでにシャッターを切ってゆくとあとから近寄ってきたクツミガキの子が(なァんだ!)という顔で柵の中をのぞいてゆく友黒眼鏡をとると瞼がめくれこんで癒着した傷痕(きずあと)のあいだからにじみ出る涙があったあの収容所で、凝(こ)りついた血をしめらせ顔いっぱいに巻いた白布を一枚宛(ずつ)ほどき最後のガーゼをめくるとひとつの臓腑であった両眼が、そのままのかたちで癒(い)えてうすいしずくをしみ出し失った妻子のことをいう指先が手巾(ハンケチ)をさぐって顫(ふる)えていた〈ここはどこ、どんなところです?〉死体置場から運ばれて来て最初に意識をとり戻したときと同じ言葉をまた口にしながら太い青竹をとりなおし、ゲートルの脚先でしきいをさぐりそろそろと出ていった――こうされたことも共に神に免(ゆる)されねばならぬ――――ひとり揉めば五十円になる、今に銀めしをごちそうします――カトリックに通い、あんまを習い、すべての遍歴(へんれき)は年月の底に埋(うも)れてある冬近い日暮れ束ね髪の新しい妻に手をひかれた兵隊服の姿を電車の中から見た〈ここはどこ、どんなところです?〉それは街の騒音の中で自分の均衡(きんこう)をたしかめるように立止り中折帽の顔だけを空の光りへ向けたえず妻に何かを訊(たず)ねかけているように見えたさらに数年、ふたたび北風の街角で向うからやってくるその姿があったそれは背中を折りまげ予備隊の群をさけながらおどろくほどやつれた妻の胸にしっかりと片腕を支えられ真直に風に向って何かに追いつこうとするように足早に通っていった黒眼鏡の奥、皮膚のしわからにじみ出るものは、とおく渇(か)れつくしてそのまま心の中を歩いてゆく苦痛の痕跡(こんせき)であった河のある風景すでに落日は都市に冷い都市は入江の奥に 橋を爪立たせてひそまる夕昏(ゆうぐ)れる住居の稀薄(きはく)のなかに時を喪(うしな)った秋天(しゅうてん)のかけらを崩して河流は 背中をそそけだてる失われた山脈は みなかみに雪をかずいて眠る雪の刃は遠くから生活の眉間(みけん)に光をあてる妻よ 今宵もまた冬物のしたくを嘆くか枯れた菊は 花瓶のプロムナードにまつわり生れる子供を夢みたおれたちの祭もすぎた眼を閉じて腕をひらけば 河岸の風の中に白骨を地ならした此の都市の上におれたちも生きた 墓標燃えあがる焔は波の面にくだけ落ちるひびきは解放御料の山襞(やまひだ)にそして落日はすでに動かず河流は そうそうと風に波立つ朝ゆめみる、閃光の擦痕(さっこん)に汗をためてツルハシの手をやすめる労働者はゆめみる皮膚のずりおちた腋臭(わきが)をふと揮発させてミシンの上にうつぶせる妻はゆめみる蟹(かに)の脚のようなひきつりを両腕にかくして切符を切る娘もゆめみるガラスの破片を頚(くび)に埋めたままの燐寸(マッチ)売りの子もゆめみる、癧青(れきせい)ウラン、カルノ鉱からぬき出された白光の原素が無限に裂けてゆくちからのなかで飢えた沙漠がなみうつ沃野(よくや)にかえられくだかれた山裾を輝く運河が通い人工の太陽のもと 極北の不毛の地にもきららかな黄金の都市がつくられるのをゆめみる、働くものの憩いの葉かげに祝祭の旗がゆれひろしまの伝説がやさしい唇に語られるのをゆめみる、噴火する地脈 震動する地殻のちからを殺戮(さつりく)にしか使いえぬにんげんの皮をかぶった豚どもが子供たちの絵物語りにだけのこって火薬の一千万倍 一グラム一〇、〇〇〇、〇〇〇のエネルギーが原子のなかから人民の腕に解き放たれじんみんのへいわのなかで豊饒(ほうじょう)な科学のみのりがたわわな葡萄(ぶどう)の房のように露にぬれて抱きとられる朝をゆめみる微笑あのとき あなたは 微笑したあの朝以来 敵も味方も 空襲も火もかかわりを失いあれほど欲した 砂糖も米ももう用がなく人々の ひしめく群の 戦争の囲みの中から爆(は)じけ出された あなた終戦のしらせをのこされた唯一の薬のように かけつけて囁(ささや)いたわたしにむかいあなたは 確かに 微笑した呻(うめ)くこともやめた蛆(うじ)まみれの体の睫毛(まつげ)もない 瞼のすきに人間のわたしを 遠く置きいとしむように湛(たた)えたほほえみの かげむせぶようにたちこめた膿(うみ)のにおいのなかで憎むこと 怒ることをも奪われはてた あなたのにんげんにおくった 最後の微笑そのしずかな微笑はわたしの内部に切なく装填(そうてん)され三年 五年 圧力を増し再びおし返してきた戦争への力と抵抗を失ってゆく人々にむかいいま 爆発しそうだあなたのくれたその微笑をまで憎悪しそうな 烈しさでおお いま爆発しそうだ!一九五〇年の八月六日走りよってくる走りよってくるあちらからも こちらからも腰の拳銃を押えた警官が 馳けよってくる一九五〇年の八月六日平和式典が禁止され夜の町角 暁の橋畔(きょうはん)に立哨(りっしょう)の警官がうごめいて今日を迎えた広島の街の真中 八丁堀交差点Fデパートのそのかげ供養塔に焼跡に花を供えて来た市民たちの流れが忽ち渦巻き汗にひきつった顎紐が群衆の中になだれこむ、黒い陣列に割られながらよろめいて一斉に見上るデパートの五階の窓 六階の窓からひらひらひらひら夏雲をバックに蔭になり 陽に光り無数のビラが舞いあお向けた顔の上のばした手のなか飢えた心の底にゆっくりと散りこむ誰かがひろった、腕が叩き落した、手が空中でつかんだ、眼が読んだ、労働者、商人、学生、娘近郷近在の老人、子供八月六日を命日にもつ全ヒロシマの市民群衆そして警官、押し合い 怒号とろうとする平和のビラ奪われまいとする反戦ビラ鋭いアピール!電車が止るゴーストップが崩れるジープがころがりこむ消防自動車のサイレンがはためき二台 三台 武装警官隊のトラックがのりつける私服警官の堵列(とれつ)するなかを外国の高級車が侵入しデパートの出入口はけわしい検問所とかわるだがやっぱりビラがおちるゆっくりと ゆっくりと庇(ひさし)にかかったビラは箒(ほうき)をもった手が現れて丁寧にはき落し一枚一枚 生きもののように声のない叫びのようにひらり ひらりとまいおちる鳩を放ち鐘を鳴らして市長が平和メッセージを風に流した平和祭は線香花火のように踏み消され講演会、音楽会、ユネスコ集会、すべての集りが禁止され武装と私服の警官に占領されたヒロシマ、ロケット砲の爆煙が映画館のスクリーンから立ちのぼり裏町から 子供もまじえた原爆反対署名の呼び声が反射する一九五〇年八月六日の広島の空を市民の不安に光りを撒き墓地の沈黙に影を映しながら、平和を愛するあなたの方へ平和をねがうわたしの方へ警官をかけよらせながら、ビラは降るビラはふる夜視野を包囲し視神経を疼(うず)かせ粟粒(ぞくりゅう)するひろしまの灯盛りあがった傷痕(きずあと)のケロイドのつるつるの皮膚にひきつって濡れた軌条がぬたくり臓物の臭う泥道に焼け焦げた並木の樹幹からぶよぶよの芽が吹き霖雨(りんう)の底で女の瞳は莨(たばこ)の火よりもあかく太股に崩れる痣(あざ)をかくさぬひろしまよ原爆が不毛の隆起を遺(のこ)すおまえの夜女は孕むことを忘れおれの精虫は尻尾を喪(うしな)いひろしまの中の煌(きら)めく租借地比治山公園の樹影にみごもる原爆傷害調査委員会のアーチの灯が離胎(りたい)する高級車のテールライトにニューメキシコ沙漠の土民音楽がにじむ夜霧よ(彼方河岸の窓の額縁(がくぶち)にのびあがって 花片を脱ぎしべをむしり猫族のおんなはここでも夜のなりわいに入る)眼帯をかけた列車を憩わせる駅の屋上で移り気な電光ニュースは今宵も盲目文字を綴(つづ)り第二、第三、第百番めの原爆実験をしらせるどこからかぽたぽたと血をしたたらせながら酔っぱらいがよろめき降る河岸の暗がり揺れきしむボートその中からつと身を起すひょろ長い兵士屑鉄漁(あさ)りの足跡をかくし夜汐は海からしのび寄せる蛾(が)のように黝(うすぐろ)く羽ばたきだけで空をよぎるものもあって夜より明け方へあけがたより夜の闇へ遠く吊された灯墜ちようとしてひっかかった灯おびえつつ忘れようとしている灯ぶちまけられた泡沫の灯慄(ふる)える灯 瀕死の灯一刻ずつ一刻ずつ血漿(けっしょう)を曳き這いずりいまもあの日から遠ざかりながら何処ともなくいざり寄るひろしまの灯歴史の闇にしずかに低くひろしまの灯は溢れ巷にておお そのもの遠ざかる駅の巡査を車窓に罵りあうブローカー女たちの怒りくらがりにかたまってことさらに嬌声(きょうせい)をあげるしろい女らの笑い傷口をおさえもせず血をしたたらせよろめいていった酔っぱらいのかなしみそれらの奥にそれらのおくにひとつき刺したらどっと噴き出そうなそのもの!ある婦人へ裂けた腹をそらざまに虚空(こくう)を踏む挽馬(ばんば)の幻影が水飼い場の石畳をうろつく輜重隊(しちょうたい)あとのバラック街溝露路の奥にあなたはかくれ住みあの夏以来一年ばかり雨の日の傘にかくれる病院通い透明なB29の影がいきなり顔に墜(お)ちかかった閃光の傷痕は瞼から鼻へ塊りついてあなたは死ぬまで人にあわぬという崩れる家にもぎとられた片腕で編む生活の毛糸はどのような血のりをその掌に曳くのか風車がゆるやかに廻り菜園に子供があそぶこの静かな町いく度か引返し今日こそあなたを尋ねゆくこの焼跡の道爬虫(はちゅう)のような隆起と柔毛(やわげ)一本生(は)えぬてらてらの皮膚がうすあかい夕日の中でわたくしの唇に肉親の骨の味を呼びかえし暑さ寒さに疼(うず)きやまぬその傷跡から臭わしい膿汁(のうじゅう)をしたたらせる固いかさぶたのかげで焼きつくされた娘心を凝(こご)らせるあなたに対(むか)いわたしは語ろうその底から滲染(し)み出る狂おしい希(ねが)いがすべての人に灼きつけられる炎の力をその千の似姿が世界の闇を喰いつくす闘いをあたらしくかぶさる爆音のもとわたしは語ろうわたしの怒りあなたの呪いがもっとも美しい表情となる時を!景観ぼくらはいつも燃える景観(けいかん)をもつ火環列島の砂洲(デルタ)の上の都市ビルディングの窓は色のない炎を噴きゴーストップが火に飾られた流亡(るぼう)の民を堰止(せきと)めては放出する煙突の火の中に崩れ 火焔に隠れる駅の大時計突端の防波堤の環に 火を積んで出入りする船 急に吐く音のない 炎の汽笛列車が一散に曳きずってゆくものも カバーをかけた火の包茎(ほうけい)女はまたぐらに火の膿(うみ)を溜め 異人が立止ってライターの火をふり撒(ま)くとわれがちにひろう黒服の乞食どもああ あそこでモクひろいのつかんだ煙草はまだ火をつけているぼくらはいつも炎の景観に棲(す)むこの炎は消えることがないこの炎は熄(や)むことがないそしてぼくらも もう炎でないと誰がいえよう夜の満都の灯 明滅するネオンの燠(おき)のうえ トンネルのような闇空にかたまってゆらめく炎の気配犇(ひし)めく異形(いぎょう)の兄弟ああ足だけの足 手だけの手 それぞれに炎がなめずる傷口をあけ最後に脳が亀裂し 銀河は燃え崩れる炎の薔薇(ばら)あおい火粉疾風の渦巻き一せいに声をあげる闇怨恨 悔 憤怒 呪詛 憎悪 哀願 号泣すべての呻きが地を搏(う)ってゆらめきあがる空ぼくらのなかのぼくら もう一人のぼく 焼け爛(ただ)れたぼくの体臭きみのめくれた皮膚 妻の禿頭 子の斑点 おお生きている原子族人間ならぬ人間ぼくらは大洋の涯(はて)環礁(かんしょう)での実験にも飛び上がる造られる爆弾はひとつ宛(ずつ)黒い落下傘でぼくらの坩堝(るつぼ)に吊りさげられる舌をもたぬ炎の踊り肺のない舌のよじれ歯が唇に突き刺り 唇が火の液体を噴き声のない炎がつぎつぎと世界に拡がるロンドンの中に燃えさかるヒロシマニューヨークの中に爆発するヒロシマモスクワの中に透きとおって灼熱するヒロシマ世界に瀰漫(びまん)する声のない踊り 姿態の憤怒ぼくらはもうぼくら自体 景観を焼きつくす炎森林のように火泥(かでい)のように地球を蔽いつくす炎だ 熱だそして更に煉られる原子爆殺のたくらみを圧殺する火塊(かかい)だ 狂気だ呼びかけいまでもおそくはないあなたのほんとうの力をふるい起すのはおそくはないあの日、網膜を灼く閃光につらぬかれた心の傷手からしたたりやまぬ涙をあなたがもつならいまもその裂目から どくどくと戦争を呪う血膿(ちうみ)をしたたらせるひろしまの体臭をあなたがもつなら焔の迫ったおも屋の下から両手を出してもがく妹を捨て焦げた衣服のきれはしで恥部をおおうこともなく赤むけの両腕をむねにたらし火をふくんだ裸足でよろよろと照り返す瓦礫(がれき)の沙漠をなぐさめられることのない旅にさまよい出たほんとうのあなたがその異形(いぎょう)の腕をたかくさしのべおなじ多くの腕とともにまた墜ちかかろうとする呪いの太陽を支えるのはいまからでもおそくはない戦争を厭(いと)いながらたたずむすべての優しい人々の涙腺(るいせん)を死の烙印(らくいん)をせおうあなたの背中で塞(ふさ)ぎおずおずとたれたその手をあなたの赤むけの両掌(りょうて)でしっかりと握りあわせるのはさあいまでもおそくはないその日はいつか1熱い瓦礫と、崩れたビルに埋められた道が三方から集り銅線のもつれる黒焦の電車をころがして交叉する広島の中心、ここ紙屋町広場の一隅にかたづけ残されころがった 君よ、音といっては一かけらの瓦にまでひび入るような暑さの気配動くものといっては眼のくらむ八月空にかすれてあがる煙あとは脳裏を灼いてすべて死滅したような虚しさのなか君は 少女らしく腰をくの字にまげ小鳥のように両手で大地にしがみつき半ば伏さって死んでいる、裸になった赤むけの屍体ばかりだったのにどうしたわけか君だけは衣服をつけ靴も片方はいている、少し煤(すす)けた片頬に髪もふさふさして爛(ただ)れたあとも血のいろも見えぬがスカート風のもんぺのうしろだけがすっぽり焼けぬけ尻がまるく現れ死のくるしみが押し出した少しの便がひからびてついていて影一つないまひるの日ざしが照し出している、2君のうちは宇品町日清、日露の戦争以来いつも日本の青年が、銃をもたされ引き裂かれた愛の涙を酒と一緒に枕にこぼし船倉(せんそう)に積みこまれ死ににいった広島の港町、どぶのにおいのたちこめるごみごみ露路の奥の方で母のないあと鋳物(いもの)職人の父さんと、幼い弟妹たちの母がわりひねこびた植物のようにほっそり育ちやっと娘になってきたが戦争が負けに近づいてまい晩日本の町々が藁束(わらたば)のように焼き払われるそのなかでなぜか広島だけ焼かれない、不安と噂の日々の生活、住みなれた家は強制疎開の綱でひき倒され東の町に小屋借りをして一家四人、穴に埋めた大豆を噛り、鉄道草を粥(かゆ)に炊(た)き、水攻めの噂におびえる大人に混って竹筒の救命具を家族の数だけ争ったり空襲の夜に手をつないで逃げ出し橋をかためる自警団に突き倒されたり右往左往のくらしの日々、狂いまわる戦争の力から必死になって神経痛もちの父を助け、幼い弟妹を守ろうとした少女のその手、そのからだ、3そして近づく八月六日、君は知ってはいなかった、日本の軍隊は武器もなく南の島や密林に飢えと病気でちりぢりとなり石油を失った艦船は島蔭にかくれて動けず国民全部は炎の雨を浴びほうだいファシストたちは戦争をやめる術(すべ)さえ知らぬ、君は知ってはいなかったナチを破ったソヴェートの力が不可侵条約不延期のしらせをもって帝国日本の前に立ち塞がったときもう日本の降伏は時間の問題にすぎないと世界のまなこに映っていたのを、君は知ってはいなかった、ハーケンクロイツの旗が折れベルリンに赤旗が早くもあがったため三ヵ月後ときめられたソヴェートの参戦日が歴史の空に大きくはためきかけたのを〈原爆投下は急がれるその日までに自分の手で日本を叩きつぶす必要を感じる暗くみにくい意志のもとその投下は急がれる七月十六日、ニューメキシコでの実験よりソヴェートの参戦日までに時間はあまりに僅かしかない!〉4あのまえの晩 五日の深夜、広島を焼き払うと空より撒かれた確かな噂で周囲の山や西瓜畑にのがれ夜明しをした市民は吠えつづけるサイレンに脅かされながらも無事な明け方にほっとして家に引返しのぞみのない今日の仕事へ出かけようと町に道路に溢れはじめたその朝 八月六日、その時間君は工場へ父を送り出し中学に入ったばかりの弟に弁当をつめてやりそれから小さい妹をいつものように離れた町の親戚へ遊びにやってがたつく家の戸に鍵をかけ動員の自分の職場へ今日も慣れぬ仕事に叱られに出た、君は黙って途中まで足早に来た、何かの気配でうつ伏せたとき閃光は真うしろから君を搏(う)ち埃煙(あいえん)がおさまり意識が返るとそれでも工場へ辿りつこうと逃げてくる人々の波を潜り此処まで来て仆(たお)れたこの出来事の判断も自分の中に畳みこみそのまま素直に眼を閉じた、少女の思いのそのなかでそのとき何がたしかめられようその懸命な頭の中で、どうして原子爆弾が計られようその手は未来にあこがれながら地に落ちた小鳥のように手首をまげて地上にひろげられその膝はこんなところにころがるのが、さも恥しいというようにきちんと合せてちぢめられおさげに編んだ髪だけがアスファルトの上に乱れて、もの心ついてから戦争の間で育ちつつましくおさえられて来たのぞみの虹も焼けはて生き、働いていることが殊さら人に気づかれぬほどのやさしい存在が地上いちばんむごたらしい方法でいまここに 殺される、〈ああそれは偶然ではない、天災ではない世界最初の原子爆弾は正確無比な計画とあくない野望の意志によって日本列島の上、広島、長崎をえらんで投下されのたうち消えた四十万きょうだいの一人として君は死ぬる、〉きみはそのとき思ったろうか幼いころのどぶぞいのひまわりの花を母さんの年に一度の半襟(はんえり)の香を戦争がひどくなってからの妹のおねだりを倉庫のかげで友達とつけては拭いた口紅をはきたかった花模様のスカートを、そして思いもしたろうか此のなつかしい広島の、広場につづく道がやがてひろげられマッカーサー道路と名づけられ並木の柳に外国兵に体を売る日本女のネッカチーフがひらひらからんで通るときがくるのを、そしてまた思い嘆きもしたろうか原子爆弾を落さずとも戦争はどうせ終っただろうにと、いいえどうしてそのように考えることが出来よう生き残っている人々でさえまだまだ知らぬ意味がある、原爆二号が長崎に落されたのはソヴェート軍が満州の国境を南にむけて越えつつあった朝だったこと数年あとで原爆三号が使われようとした時もねらわれたのはやはり顔の黄色い人種の上だったということも、5ああそれは偶然ではない、天災ではない人類最初の原爆は緻密(ちみつ)な計画とあくない野望の意志によって東洋の列島、日本民族の上に閃光一閃投下されのたうち消えた四十万の犠牲者の一人として君は殺された、殺された君のからだを抱き起そうとするものはない焼けぬけたもんぺの羞恥を蔽(おお)ってやるものもないそこについた苦悶のしるしを拭ってやるものは勿論ないつつましい生活の中の闘いにせい一ぱい努めながらつねに気弱な微笑ばかりに生きて来て次第にふくれる優しい思いを胸におさえたいちばん恥じらいやすい年頃の君のやわらかい尻が天日(てんじつ)にさらされひからびた便のよごれをときおり通る屍体さがしの人影が呆(ほう)けた表情で見てゆくだけ、それは残酷それは苦悩それは悲痛いいえそれよりこの屈辱をどうしよう!すでに君は羞恥(しゅうち)を感ずることもないが見たものの眼に灼きついて時と共に鮮やかに心に沁みる屈辱、それはもう君をはなれて日本人ぜんたいに刻みこまれた屈辱だ!6われわれはこの屈辱に耐えねばならぬ、いついつまでも耐えねばならぬ、ジープに轢(ひ)かれた子供の上に吹雪がかかる夕べも耐え外国製の鉄甲(てつかぶと)とピストルに日本の青春の血潮が噴きあがる五月にも耐え自由が鎖につながれこの国が無期限にれい属の繩目をうける日にも耐えしかし君よ、耐えきれなくなる日が来たらどうしようたとえ君が小鳥のようにひろげた手で死のかなたからなだめようとしても恥じらいやすいその胸でいかに優しくおさえようとしてもわれわれの心に灼きついた君の屍体の屈辱が地熱のように積み重なり野望にみちたみにくい意志の威嚇(いかく)によりまた戦争へ追いこまれようとする民衆のその母その子その妹のもう耐えきれぬ力が平和をのぞむ民族の怒りとなって爆発する日が来る...
峠三吉 「原爆詩集」
...ユネスコはこれに関連して...
中井正一 「国会図書館のこのごろ」
...後にユネスコの大憲章の筆を取ったヒューマニスト詩人としての彼が...
中井正一 「組織としての図書館へ」
...ユネスコの国際的報告書を読むと...
中井正一 「図書館協会六十周年に寄せて」
...ユネスコが世界図書館の統一の運動をとりつつあるのがその例である...
中井正一 「図書館の未来像」
...国際連合会議の一環としてあらわれたユネスコであり...
中井正一 「美学入門」
...それにくらべるとユネスコの構成はその発展において多難であることを予想されるが...
中井正一 「美学入門」
...全ユネスコの図書館部門において...
中井正一 「美学入門」
...これはユネスコから国際的目録改良委員会を我館に委嘱していることと思い合わせて...
中井正一 「歴史の流れの中の図書館」
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仁科芳雄 「國際學術會議への旅」
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仁科芳雄 「ユネスコと科學」
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