...あんぽんたんが可愛いから、売に来てやるんだと、たんかを切る、深川浜の蛤(はまぐり)町からくる、倶梨伽羅紋々(くりからもんもん)で、チョン髷(まげ)にゆっているというと威勢がいいが、七十五歳のおじいさん江戸ッ子の小魚売は、やせても昔の型を追って、寒中でも素体に半纏(はんてん)一枚、空脛(からずね)、すこし暑いと肌ぬぎで銀ぐさりをかけて、紺の腹掛と、真白い晒布(さらし)の腹巻、トンボほどな小さな丁字髷(ちょんまげ)が、滑りそうな頭へ、捻(ね)じ鉢巻で、負けない気でも年は年だけに、小盤台を二つ位しか重ねていないが、ちいさな鰈(かれい)や、鯒(こち)がピチピチ跳ねていたり、生きた蟹(かに)や芝海老(えび)や、手長(てなが)や、海の匂いをそのままの紫海苔(のり)と、水のように透(す)いて見える抄(すく)いたての白魚の間から、ちいさなちいさな小蟹(かに)だのふぐだのを選(より)出してくれる、皺(しわ)の自来也(じらいや)の、年代のついたいさみの与三爺(じい)が、「げッ、鉄屑(かなくそ)ぶとりめ...
長谷川時雨 「鉄くそぶとり」
...こうたんかを切るのだ...
宮本百合子 「田舎風なヒューモレスク」
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