...憎まれながらも虐(さいな)まれていると云う事が...
芥川龍之介 「袈裟と盛遠」
...この杯(さかづき)をわたしからお離し下さい...
芥川龍之介 「西方の人」
...表向きは蛇使いですよ」「人違いじゃない? 速水さんの調べが済んでるのよ」「いまに尻尾(しっぽ)を出すから見ていてごらんなさい...
海野十三 「三人の双生児」
...「勘忍して下さい...
スティーブンソン Stevenson Robert Louis 佐々木直次郎訳 「宝島」
...父もまた我々にいっさい干渉しなかったのであるが...
相馬愛蔵、相馬黒光 「一商人として」
...人にいやなんですあなたのいつてしまふのが――花よりさきに実のなるやうな種子(たね)よりさきに芽の出るやうな夏から春のすぐ来るやうなそんな理窟に合はない不自然をどうかしないでゐて下さい型のやうな旦那さまとまるい字をかくそのあなたとかう考へてさへなぜか私は泣かれます小鳥のやうに臆病で大風のやうにわがままなあなたがお嫁にゆくなんていやなんですあなたのいつてしまふのが――なぜさうたやすくさあ何といひませう――まあ言はばその身を売る気になれるんでせうあなたはその身を売るんです一人の世界から万人の世界へそして男に負けて無意味に負けてああ何といふ醜悪事でせうまるでさうチシアンの画いた絵が鶴巻町へ買物に出るのです私は淋しい かなしい何といふ気はないけれどちやうどあなたの下すつたあのグロキシニヤの大きな花の腐つてゆくのを見る様な私を棄てて腐つてゆくのを見る様な空を旅してゆく鳥のゆくへをぢつとみてゐる様な浪の砕けるあの悲しい自棄のこころはかない 淋しい 焼けつく様な――それでも恋とはちがひますサンタマリアちがひます ちがひます何がどうとはもとより知らねどいやなんですあなたのいつてしまふのが――おまけにお嫁にゆくなんてよその男のこころのままになるなんて明治四五・七或る夜のこころ七月の夜の月は見よ、ポプラアの林に熱を病めりかすかに漂ふシクラメンの香りは言葉なき君が唇にすすり泣けり森も、道も、草も、遠き街(ちまた)もいはれなきかなしみにもだえてほのかに白き溜息を吐けりならびゆくわかき二人は手を取りて黒き土を踏めりみえざる魔神はあまき酒を傾け地にとどろく終列車のひびきは人の運命をあざわらふに似たり魂はしのびやかに痙攣をおこし印度更紗(サラサ)の帯はやや汗ばみて拝火教徒の忍黙をつづけむとすこころよ、こころよわがこころよ、めざめよ君がこころよ、めざめよこはなに事を意味するならむ断ちがたく、苦しく、のがれまほしく又あまく、去りがたく、堪へがたく――こころよ、こころよ病の床を起き出でよそのアツシシユの仮睡をふりすてよされど眼に見ゆるもの今はみな狂ほしきなり七月の夜の月も見よ、ポプラアの林に熱を病めりやみがたき病よわがこころは温室の草の上うつくしき毒虫の為にさいなまるこころよ、こころよ――あはれ何を呼びたまふや今は無言の領する夜半なるものを――大正元・八涙世は今、いみじき事に悩み人は日比谷に近く夜ごとに集ひ泣けりわれら心の底に涙を満たしてさりげなく笑みかはし松本楼の庭前に氷菓を味へば人はみな、いみじき事の噂に眉をひそめかすかに耳なれたる鈴の音すわれら僅かに語り痛く、するどく、つよく、是非なき夏の夜の氷菓のこころを嘆きつめたき銀器をみつめて君の小さき扇をわれ奪へり君は暗き路傍に立ちてすすり泣きわれは物言はむとして物言はず路ゆく人はわれらを見てかのいみじき事に祈りするものとなせりあはれ、あはれこれもまた或るいみじき歎きの為めなればよしや姿は艶に過ぎたりとも人よ、われらが涙をゆるしたまへ大正元・八おそれいけない、いけない静かにしてゐる此の水に手を触れてはいけないまして石を投げ込んではいけない一滴の水の微顫も無益な千万の波動をつひやすのだ水の静けさを貴んで静寂の価(あたひ)を量らなければいけないあなたは其のさきを私に話してはいけないあなたの今言はうとしてゐる事は世の中の最大危険の一つだ口から外へ出さなければいい出せば則(すなは)ち雷火であるあなたは女だ男のやうだと言はれても矢張女だあの蒼黒い空に汗ばんでゐる円い月だ世界を夢に導き、刹那を永遠に置きかへようとする月だそれでいい、それでいいその夢を現(うつつ)にかへし永遠を刹那にふり戻してはいけないその上この澄みきつた水の中へそんなあぶないものを投げ込んではいけない私の心の静寂は血で買つた宝であるあなたには解りやうのない血を犠牲にした宝であるこの静寂は私の生命(いのち)でありこの静寂は私の神であるしかも気むつかしい神である夏の夜の食慾にさへも尚ほ烈しい擾乱(じようらん)を惹き起すのであるあなたはその一点に手を触れようとするのかいけない、いけないあなたは静寂の価を量らなければいけないさもなければ非常な覚悟をしてかからなければいけないその一個の石の起す波動はあなたを襲つてあなたをその渦中に捲き込むかもしれない百千倍の打撃をあなたに与へるかも知れないあなたは女だこれに堪へられるだけの力を作らなければならないそれが出来ようかあなたは其のさきを私に話してはいけないいけない、いけない御覧なさい煤烟(ばいえん)と油じみの停車場も今は此の月と少し暑くるしい靄(もや)との中に何か偉大な美を包んでゐる宝蔵のやうに見えるではないかあの青と赤とのシグナルの明りは無言と送目との間に絶大な役目を果たしはるかに月夜の情調に歌をあはせてゐる私は今何かに囲まれてゐる或る雰囲気に或る不思議な調節を司(つかさど)る無形な力にそして最も貴重な平衡を得てゐる私の魂は永遠をおもひ私の肉眼は万物に無限の価値を見るしづかに、しづかに私は今或る力に絶えず触れながら言葉を忘れてゐるいけない、いけない静かにしてゐる此の水に手を触れてはいけないまして石を投げ込んではいけない大正元・八からくりうた(覗きからくりの絵の極めてをさなきをめづ)国はみちのく、二本松のええ赤の煉瓦の酒倉越えて酒の泡からひよつこり生れた酒のやうなるよいそれ、女が逃げたええ逃げたそのさきや吉祥寺どうせ火になる吉祥寺阿武隈(あぶくま)川のええ水も此の火は消せなんだとねえ酒と水とは、つんつれほんに敵(かたき)同志ぢやええ酒とねえ、水とはねえ大正元・八或る宵瓦斯(ガス)の暖炉に火が燃えるウウロン茶、風、細い夕月――それだ、それだ、それが世の中だ彼等の欲する真面目とは礼服の事だ人工を天然に加へる事だ直立不動の姿勢の事だ彼等は自分等のこころを世の中のどさくさまぎれになくしてしまつた曾(かつ)て裸体のままでゐた冷暖自知の心を――あなたは此(これ)を見て何も不思議がる事はないそれが世の中といふものだ心に多くの俗念を抱いて眼前咫尺(しせき)の間を見つめてゐる厭な冷酷な人間の集りだそれ故、真実に生きようとする者は――むかしから、今でも、このさきも――却て真摯(しんし)でないとせられるあなたの受けたやうな迫害をうける卑怯(ひきよう)な彼等は又誠意のない彼等は初め驚異の声を発して我等を眺めありとある雑言を唄つて彼等の閑(ひま)な時間をつぶさうとする誠意のない彼等は事件の人間をさし置いて唯(ただ)事件の当体をいぢくるばかりだいやしむべきは世の中だ愧(は)づべきは其の渦中の矮人(わいじん)だ我等は為(な)すべき事を為し進むべき道を進み自然の掟(おきて)を尊んで行住坐臥我等の思ふ所と自然の定律と相もとらない境地に到らなければならない最善の力は自分等を信ずる所にのみある蛙のやうな醜い彼等の姿に驚いてはいけないむしろ其の姿にグロテスクの美を御覧なさい我等はただ愛する心を味へばいいあらゆる紛糾を破つて自然と自由とに生きねばならない風のふくやうに、雲の飛ぶやうに必然の理法と、内心の要求と、叡智(えいち)の暗示とに嘘がなければいい自然は賢明である自然は細心である半端物のやうな彼等のために心を悩ますのはお止(よ)しなさいさあ、又銀座で質素な飯(めし)でも喰ひませう大正元・一〇梟の族――聞いたか、聞いたかぼろすけぼうぼう――軽くして責なき人の口の端森のくらやみに住む梟(ふくろふ)の黒き毒に染みたるこゑ街(ちまた)と木木(きぎ)とにひびきわが耳を襲ひて堪へがたしわが耳は夜陰に痛みて心にうつる君が影像を悲しみ窺(うかが)ふかろくして責なきはあしき鳥の性(さが)なり――きいたか、きいたかぼろすけぼうぼう――おのが声のかしましき反響によろこび友より友に伝説をつたへてほこる梟の族、あしきともがらわれは彼等よりも強しとおもへど彼等はわれよりも多弁にして暗示に富みたる眼と、物を蔵する言語とを有せりさればかろくして責なきその声のひびきのなやましさよ聞くに堪へざる俗調は君とわれとの心を取りて不倫と滑稽との境に擬せむとすのろはれたるもの梟の族、あしきともがらよされどわが心を狂ほしむるはむしろかかるおろかしきなやましさなり声は又も来る、又も来る――きいたか、きいたかぼろすけぼうぼう――大正元・一〇郊外の人にわがこころはいま大風(おほかぜ)の如く君にむかへり愛人よいまは青き魚(さかな)の肌にしみたる寒き夜もふけ渡りたりされば安らかに郊外の家に眠れかしをさな児のまことこそ君のすべてなれあまり清く透きとほりたればこれを見るもの皆あしきこころをすてけりまた善きと悪しきとは被(おほ)ふ所なくその前にあらはれたり君こそは実(げ)にこよなき審判官(さばきのつかさ)なれ汚れ果てたる我がかずかずの姿の中にをさな児のまこともて君はたふとき吾がわれをこそ見出でつれ君の見いでつるものをわれは知らずただ我は君をこよなき審判官(さばきのつかさ)とすれば君によりてこころよろこびわがしらぬわれのわがあたたかき肉のうちに籠(こも)れるを信ずるなり冬なれば欅(けやき)の葉も落ちつくしたり音もなき夜なりわがこころはいま大風の如く君に向へりそは地の底より湧きいづる貴くやはらかき温泉(いでゆ)にして君が清き肌のくまぐまを残りなくひたすなりわがこころは君の動くがままにはね をどり 飛びさわげどもつねに君をまもることを忘れず愛人よこは比(たぐ)ひなき命の霊泉なりされば君は安らかに眠れかし悪人のごとき寒き冬の夜なればいまは安らかに郊外の家に眠れかしをさな児の如く眠れかし大正元・一一冬の朝のめざめ冬の朝なればヨルダンの川も薄く氷りたる可(べ)しわれは白き毛布に包まれて我が寝室(ねべや)の内にあり基督(キリスト)に洗礼を施すヨハネの心をヨハネの首を抱きたるサロオメの心を我はわがこころの中に求めむとす冬の朝なれば街(ちまた)よりつつましくからころと下駄の音も響くなり大きなる自然こそはわが全身の所有なれしづかに運る天行のごとくわれも歩む可しするどきモツカの香りはよみがへりたる精霊の如く眼をみはりいづこよりか室の内にしのび入るわれは此の時むしろ数理学者の冷静をもて世人の形(かたちづ)くる社会の波動にあやしき因律のめぐるを知る起きよ我が愛人よ冬の朝なれば郊外の家にも鵯(ひよどり)は夙(つと)に来鳴く可しわが愛人は今くろき眼を開(あ)きたらむをさな児のごとく手を伸ばし朝の光りを喜び小鳥の声を笑ふならむかく思ふとき我は堪へがたき力の為めに動かされ白き毛布を打ちて愛の頌歌(ほめうた)をうたふなり冬の朝なればこころいそいそと励みまた高くさけび清らかにしてつよき生活をおもふ青き琥珀(こはく)の空に見えざる金粉ぞただよふなるポインタアの吠ゆる声とほく来(きた)ればものを求むる我が習癖はふるひ立ちたちまちに又わが愛人を恋ふるなり冬の朝なればヨルダンの川に氷を噛(か)まむ大正元・一一深夜の雪あたたかいガスだんろの火はほのかな音を立てしめきつた書斎の電燈はしづかに、やや疲れ気味の二人を照す宵からの曇り空が雪にかはりさつき(まど)から見ればもう一面に白かつたがただ音もなく降りつもる雪の重さを地上と屋根と二人のこころとに感じむしろ楽みを包んで軟かいその重さに世界は息をひそめて子供心の眼をみはる「これみや、もうこんなに積つたぜ」と、にじんだ声が遠くに聞えやがてぽんぽんと下駄の歯をはたく音あとはだんまりの夜も十一時となれば話の種さへ切れ紅茶もものうくただ二人手をとつて声の無い此の世の中の深い心に耳を傾け流れわたる時間の姿をみつめほんのり汗ばんだ顔は安らかさに満ちてありとある人の感情をも容易(たやす)くうけいれようとする又ぽんぽんぽんとはたく音の後から車らしい何かの響き――「ああ、御覧なさい、あの雪」と、私が言へば答へる人は忽ち童話の中に生き始めかすかに口を開いて雪をよろこぶ雪も深夜をよろこんで数限りもなく降りつもるあたたかい雪しんしんと身に迫つて重たい雪が――大正二・二人に遊びぢやない暇つぶしぢやないあなたが私に会ひに来る――画もかかず、本も読まず、仕事もせず――そして二日でも、三日でも笑ひ、戯れ、飛びはね、又抱きさんざ時間をちぢめ数日を一瞬に果すああ、けれどもそれは遊びぢやない暇つぶしぢやない充ちあふれた我等の余儀ない命である生である力である浪費に過ぎ過多に走るものの様に見える八月の自然の豊富さをあの山の奥に花さき朽ちる草草や声を発する日の光や無限に動く雲のむれやありあまる雷霆(らいてい)や雨や水や緑や赤や青や黄や世界にふき出る勢力を無駄づかひと何(ど)うして言へようあなたは私に躍り私はあなたにうたひ刻刻の生を一ぱいに歩むのだ本を抛(なげう)つ刹那の私と本を開く刹那の私と私の量は同(おんな)じだ空疎な精励と空疎な遊惰とを私に関して聯想してはいけない愛する心のはちきれた時あなたは私に会ひに来るすべてを棄て、すべてをのり超えすべてをふみにじり又嬉嬉として大正二・二人類の泉世界がわかわかしい緑になつて青い雨がまた降つて来ますこの雨の音がむらがり起る生物のいのちのあらわれとなつていつも私を堪(たま)らなくおびやかすのですそして私のいきり立つ魂は私を乗り超え私を脱(のが)れてづんづんと私を作つてゆくのですいま死んで いま生れるのです二時が三時になり青葉のさきから又も若葉の萌(も)え出すやうに今日もこの魂の加速度を自分ながら胸一ぱいに感じてゐましたそして極度の静寂をたもつてぢつと坐つてゐました自然と涙が流れ抱きしめる様にあなたを思ひつめてゐましたあなたは本当に私の半身ですあなたが一番たしかに私の信を握りあなたこそ私の肉身の痛烈を奥底から分つのです私にはあなたがあるあなたがある私はかなり惨酷に人間の孤独を味つて来たのですおそろしい自棄(やけ)の境にまで飛び込んだのをあなたは知つて居ます私の生(いのち)を根から見てくれるのは私を全部に解してくれるのはただあなたです私は自分のゆく道の開路者(ピオニエエ)です私の正しさは草木の正しさですああ あなたは其(それ)を生きた眼で見てくれるのですもとよりあなたはあなたのいのちを持つてゐますあなたは海水の流動する力をもつてゐますあなたが私にある事は微笑が私にある事ですあなたによつて私の生(いのち)は複雑になり 豊富になりますそして孤独を知りつつ 孤独を感じないのです私は今生きてゐる社会でもう万人の通る通路から数歩自分の道に踏み込みましたもう共に手を取る友達はありませんただ互に或る部分を了解し合ふ友達があるのみです私はこの孤独を悲しまなくなりました此(これ)は自然であり 又必然であるのですからそしてこの孤独に満足さへしようとするのですけれども私にあなたが無いとしたら――ああ それは想像も出来ません想像するのも愚かです私にはあなたがあるあなたがあるそしてあなたの内には大きな愛の世界があります私は人から離れて孤独になりながらあなたを通じて再び人類の生きた気息(きそく)に接しますヒユウマニテイの中に活躍しますすべてから脱却してただあなたに向ふのです深いとほい人類の泉に肌をひたすのですあなたは私の為めに生れたのだ私にはあなたがあるあなたがある あなたがある大正二・三僕等僕はあなたをおもふたびに一ばんぢかに永遠を感じる僕があり あなたがある自分はこれに尽きてゐる僕のいのちと あなたのいのちとがよれ合ひ もつれ合ひ とけ合ひ渾沌(こんとん)としたはじめにかへるすべての差別見は僕等の間に価値を失ふ僕等にとつては凡(すべ)てが絶対だそこには世にいふ男女の戦がない信仰と敬虔(けいけん)と恋愛と自由とがあるそして大変な力と権威とがある人間の一端と他端との融合だ僕は丁度自然を信じ切る心安さで僕等のいのちを信じてゐるそして世間といふものを蹂躪(じゆうりん)してゐる頑固な俗情に打ち勝つてゐる二人ははるかに其処(そこ)をのり超えてゐる僕は自分の痛さがあなたの痛さである事を感じる僕は自分のこころよさがあなたのこころよさである事を感じる自分を恃(たの)むやうにあなたをたのむ自分が伸びてゆくのはあなたが育つてゆく事だとおもつてゐる僕はいくら早足に歩いてもあなたを置き去りにする事はないと信じ 安心してゐる僕が活力にみちてる様にあなたは若若しさにかがやいてゐるあなたは火だあなたは僕に古くなればなるほど新しさを感じさせる僕にとつてあなたは新奇の無尽蔵だ凡ての枝葉を取り去つた現実のかたまりだあなたのせつぷんは僕にうるほひを与へあなたの抱擁は僕に極甚(ごくじん)の滋味を与へるあなたの冷たい手足あなたの重たく まろいからだあなたの燐光のやうな皮膚その四肢胴体をつらぬく生きものの力此等はみな僕の最良のいのちの糧(かて)となるものだあなたは僕をたのみあなたは僕に生きるそれがすべてあなた自身を生かす事だ僕等はいのちを惜しむ僕等は休む事をしない僕等は高く どこまでも高く僕等を押し上げてゆかないではゐられない伸びないでは大きくなりきらないでは深くなり通さないでは――何といふ光だ 何といふ喜だ大正二・一二愛の嘆美底の知れない肉体の慾はあげ潮どきのおそろしいちから――なほも燃え立つ汗ばんだ火に火竜(サラマンドラ)はてんてんと躍るふりしきる雪は深夜に婚姻飛揚(ヴオル・ニユプシアル)の宴(うたげ)をあげ寂寞(じやくまく)とした空中の歓喜をさけぶわれらは世にも美しい力にくだかれこのとき深密(じんみつ)のながれに身をひたしていきり立つ薔薇(ばら)いろの靄(もや)に息づき因陀羅網(いんだらもう)の珠玉(しゆぎよく)に照りかへしてわれらのいのちを無尽に鋳る冬に潜(ひそ)む揺籃の魔力と冬にめぐむ下萌(したもえ)の生熱と――すべての内に燃えるものは「時」の脈搏と共に脈うちわれらの全身に恍惚(こうこつ)の電流をひびかすわれらの皮膚はすさまじくめざめわれらの内臓は生存の喜にのたうち毛髪は蛍光(けいこう)を発し指は独自の生命を得て五体に匍(は)ひまつはり道(ことば)を蔵した渾沌のまことの世界はたちまちわれらの上にその姿をあらはす光にみち幸にみちあらゆる差別は一音にめぐり毒薬と甘露とは其の筺(はこ)を同じくし堪へがたい疼痛(とうつう)は身をよぢらしめ極甚の法悦は不可思議の迷路を輝かすわれらは雪にあたたかく埋もれ天然の素中(そちゆう)にとろけて果てしのない地上の愛をむさぼりはるかにわれらの生(いのち)を讃(ほ)めたたへる大正三・二晩餐暴風(しけ)をくらつた土砂ぶりの中をぬれ鼠になつて買つた米が一升二十四銭五厘だくさやの干(ひ)ものを五枚沢庵(たくあん)を一本生姜(しようが)の赤漬(あかづけ)玉子は鳥屋(とや)から海苔(のり)は鋼鉄をうちのべたやうな奴薩摩(さつま)あげかつをの塩辛(しほから)湯をたぎらして餓鬼道のやうに喰(くら)ふ我等の晩餐ふきつのる嵐は瓦にぶつけて家鳴(やなり)震動のけたたましくわれらの食慾は頑健にすすみものを喰らひて己(おの)が血となす本能の力に迫られやがて飽満の恍惚に入ればわれら静かに手を取つて心にかぎりなき喜を叫びかつ祈る日常の瑣事(さじ)にいのちあれ生活のくまぐまに緻密(ちみつ)なる光彩あれわれらのすべてに溢れこぼるるものあれわれらつねにみちよわれらの晩餐は嵐よりも烈しい力を帯びわれらの食後の倦怠は不思議な肉慾をめざましめて豪雨の中に燃えあがるわれらの五体を讃嘆せしめるまづしいわれらの晩餐はこれだ大正三・四淫心をんなは多淫われも多淫飽かずわれらは愛慾に光る縦横無礙(むげ)の淫心夏の夜のむんむんと蒸しあがる瑠璃(るり)黒漆の大気に魚鳥と化して躍るつくるなしわれら共に超凡すでに尋常規矩の網目を破るわれらが力のみなもとは常に創世期の混沌に発し歴史はその果実に生きてその時劫(こう)を滅すされば人間世界の成壌はわれら現前の一点にあつまりわれらの大は無辺際に充ちる淫心は胸をついてわれらを憤らしめ万物を拝せしめ肉身を飛ばしめわれら大声を放つて無二の栄光に浴すをんなは多淫われも多淫淫をふかめて往くところを知らず万物をここに持すわれらますます多淫地熱のごとし烈烈――大正三・八樹下の二人――みちのくの安達が原の二本松松の根かたに人立てる見ゆ――あれが阿多多羅山(あたたらやま)、あの光るのが阿武隈川...
高村光太郎 「智恵子抄」
...この人たちを曳(ひ)いて行って下さいまし」嬢の推察どおり...
橘外男 「グリュックスブルグ王室異聞」
...お客さまが仰(おっし)ゃって下さいます」お島はそう言って...
徳田秋声 「あらくれ」
...子どものすきな小さい神さまがありました...
新美南吉 「子どものすきな神さま」
...さいごにとある路地のあいだに吸われるようにかくれた...
西尾正 「放浪作家の冒険」
...小僧の言ふことなどを眞(ま)に受けないで下さい...
野村胡堂 「錢形平次捕物控」
...ハガキでもいゝから知らせて下さい」比嘉は...
林芙美子 「浮雲」
...この汽車は、じつさい、どこまででも行きますぜ...
宮沢賢治 「銀河鐵道の夜」
...往来を見ながらそこの小さい店で紅茶とサンドウィッチを食べた...
宮本百合子 「明るい海浜」
...「気をつけなさい...
宮本百合子 「海浜一日」
...でもこれだけは云わせて下さい」とおようは続けた...
山本周五郎 「ひとでなし」
...お通りください」陸(おか)の海月(くらげ)柔道何段かの前には...
吉川英治 「かんかん虫は唄う」
...戦って実にうるさい敵なのだ...
吉川英治 「新書太閤記」
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