...ある縉紳(しんしん)の家にいる婢(じょちゅう)を買って細君にしたが...
蒲松齢 田中貢太郎訳 「阿霞」
...淮安(わいあん)の縉紳(しんしん)の屋敷の中にいて土地の少年子弟を教授していた...
蒲松齢 田中貢太郎訳 「五通」
...数日して某縉紳(しんしん)の子が十一娘に結婚を申しこむことになったが...
蒲松齢 田中貢太郎訳 「封三娘」
...縉紳の家へ結婚を許したが...
蒲松齢 田中貢太郎訳 「封三娘」
...――当日モンセーニュールの邸宅に伺候した貴顕縉紳の間にあっては...
チャールズ・ディッケンズ 佐々木直次郎訳 「二都物語」
...どれもこれも凡てを修養しなければ一人前の公卿なり縉紳なりになれない譯ですが...
内藤湖南 「應仁の亂に就て」
...明初の解縉と云ふ人が此の傳授系統を論じて居る...
内藤湖南 「北派の書論」
...彼武家時代に於ける公卿縉紳の徒に王朝の盛時を顧み醉生夢死し...
原勝郎 「吾妻鏡の性質及其史料としての價値」
...花かつみの歌に風流をとゞめた流人實方卿の如き縉紳は云はずもがな...
原勝郎 「日本史上の奧州」
...しかして第二段に至って或る一縉紳の生活を叙してみたい...
原勝郎 「東山時代における一縉紳の生活」
...一縉紳の生活をいかに綿密に叙述したとて...
原勝郎 「東山時代における一縉紳の生活」
...それは京都の一部縉紳間にのみに限られたもので...
原勝郎 「東山時代における一縉紳の生活」
...貴縉(きけん)紳士...
久生十蘭 「ノンシャラン道中記」
...鷹橋義武(たかはしよしたけ)(日光山御幸町の人で治郎左衛門と称する)の『日光山名跡誌(にっこうさんめいせきし)』に日光物としての条下に千手雁皮(せんじゅがんぴ)が挙げられており天保八年(1837)に出版になった植田孟縉(うえだもうじん)の『日光山志(にっこうさんし)』にも出ているとのことであった...
牧野富太郎 「植物一日一題」
...縉紳(しんしん)の家の内部の派手な様子を語って聞かせることができた...
紫式部 與謝野晶子訳 「源氏物語」
...兄の縉(しん)は...
吉川英治 「三国志」
...公卿縉紳(くげしんしん)と密接な結びがあり...
吉川英治 「鳴門秘帖」
...林羅山(はやしらざん)にまなび京の縉紳(しんしん)にまで知られた...
吉川英治 「梅里先生行状記」
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