...」元祿女郎を書いた掛け物がかかつてゐる半間の床の間には...
岩野泡鳴 「泡鳴五部作」
...そして同じ千六百年初頭、即ち天正、文祿、慶長の頃、ポルトガルの宣教師たちははるばる太平洋を越えて、肥前長崎に西洋印刷術を傳へてゐる...
徳永直 「光をかかぐる人々」
...「島津侯に祿仕せしめられ」た川本幸民であり...
徳永直 「光をかかぐる人々」
...庄太夫は元祿十年七十歳で死んでゐるから...
徳永直 「光をかかぐる人々」
...大體文化といふものが大阪に盛になつたのは元祿以後である...
内藤湖南 「大阪の町人と學問」
...要するに元祿以前の大阪の學問は誠につまらないものであつたといふことになる...
内藤湖南 「大阪の町人と學問」
...この頃は元祿時代に相當する...
内藤湖南 「大阪の町人と學問」
...祿兵衞始め奉公人達にくれてやつて了ひ...
野村胡堂 「錢形平次捕物控」
...本當にこれこそ天の美祿といふものだらう...
野村胡堂 「錢形平次捕物控」
...世々五十俵の祿(ろく)を食(は)んで立派な士分として遇せられました...
野村胡堂 「錢形平次捕物控」
...相手は何處からも扶持も祿も貰つて居る武家ぢや無いが...
野村胡堂 「錢形平次捕物控」
...まるで貫祿が違ひます...
野村胡堂 「錢形平次捕物控」
...「五年前――、祿を離れて、軽井沢の猟師、三五郎(さんごろう)と言う者の家に厄介になって居る時、フトした事から、あの絵姿を見付けたのが始まり、恥かしい事だが、何(ど)うしても忘れられなかった――」萩江は斯(こ)う言う調子で語り進みました...
野村胡堂 「裸身の女仙」
...一兩が花火間(ま)もなき光かなこの人數船なればこそ凉かなと俳人寶井其角は元祿四年にその盛況をよみ殘しておいてくれてゐる...
長谷川時雨 「花火と大川端」
...然るによつて三年を過て元祿九(丙子)年正月二十八日(伯耆民談)憲廟の御時なるが...
松浦武四郎 「他計甚※[#「麾」の「毛」に代えて「公の右上の欠けたもの」、第4水準2-94-57](竹島)雜誌」
...扨元祿初年又其前に...
南方熊楠 「女順禮」
...永祿十一年に孝高の嫡子松壽が生れてから...
森鴎外 「栗山大膳」
...ただ、永祿、元龜年間から、城内の禮拜堂のそばにあつたと當時の宣教師の報告書にも見える巨きな椋の木がのこつてゐるとのことで、慕はしさに、椋の木を訪ねた...
吉川英治 「折々の記」
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