...(この咄については『明星』掲載当時或る知人から誤解であると手柬(しゅかん)して訂正されたが...
内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
...「もとの儀賓の王柬之(おうかんし)だよ...
蒲松齢 田中貢太郎訳 「王成」
...王柬之の子孫がこんなにまで貧乏になったのか...
蒲松齢 田中貢太郎訳 「王成」
...松莚子の書柬を得たり...
永井荷風 「断腸亭日乗」
...郷里の父母兄弟に柬(かん)して挙家(きょか)上京の事に決せしめぬ...
福田英子 「妾の半生涯」
...その尖(さき)を見て向う所を占う(アイモニエー『柬埔寨人風俗迷信記(ノート・シユル・レ・クーツーム・エ・クロヤンス・スペルスチシヨース・デ・カンボジヤン)』)...
南方熊楠 「十二支考」
...ムラの『柬埔寨王国誌(ル・ロヨーム・ジュ・カンボジュ)』二に...
南方熊楠 「十二支考」
...かの像竹から地下へ抜け失せしまうという(『仏領交趾支那(コシャンシン・フランセーズ)雑誌』一六号に載ったエーモニエの『柬埔※(カンボジヤ)風習俗信記』一三六頁)...
南方熊楠 「十二支考」
...ムーラの『柬埔※(カンボジア)誌』一巻一五七頁参照)...
南方熊楠 「十二支考」
...森田思軒の引いた菅茶山の柬牘(かんどく)には水(すゐ)に従ふ澹が書してあつたさうである...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...啻(たゞ)に柬牘のみでは無い...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...此年の歳旦に混外が蘭軒に与へた小柬がある...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...」さて月日不詳の茶山の柬牘は下(しも)の如くである...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...わたくしは菅茶山の辛巳五月二十六日の書柬に本づいて...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...合作の柬牘(かんどく)である...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...その百九十六榛軒の留守に会して傷寒論を講じた人々の合作柬牘には...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...尋常の柬牘(かんどく)ではない...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...柬埔寨(カンボジヤ)...
吉川英治 「新書太閤記」
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