...平時多少の噴烟ありしは南嶽にして...
石川成章 「櫻島噴火の概況」
...堂の嶽(たけ)から...
泉鏡花 「海異記」
...三人が深編笠で監嶽から裁判所へ護送される沿道には...
大鹿卓 「渡良瀬川」
...提燈の光たよりてのぼる哉旭の嶽に旭見るとて阿武隈本溪と白水川との間の温泉山を攀づ...
大町桂月 「阿武隈川水源の仙境」
...妙義の大字巖、旭日嶽にも、この奇なし...
大町桂月 「十和田湖」
...更に進んで相馬嶽に上りぬ...
大町桂月 「妙義山の五日」
...北斎の名所絵本はいづれも狂歌の賛をなしたるものにして後年の傑作たる富嶽三十六景及び諸国滝巡り等に比すればいまだ全く独特の技倆(ぎりょう)を発揮したるものとはいひがたし...
永井荷風 「江戸芸術論」
...空地は崖に臨み赤坂の人家を隔てて山王氷川両社の森と相対し樹間遥に四谷見附の老松を望み又遠く雲表に富嶽を仰ぐべし...
永井荷風 「偏奇館漫録」
...支那の土笋や禾虫(畔田翠嶽(くろだすいがく)の『水族志』に出(い)づ)など食品たるものもあるが...
南方熊楠 「十二支考」
...享保元年生の維嶽が二十一歳になつた元文元年に...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...又厳嶽(げんがく)...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...その嶽の麓からつづく廣野にも...
吉江喬松 「山岳美觀」
...そこに割ヶ嶽の煙かとも思える雲の峰が見えるではないか...
吉川英治 「上杉謙信」
...当社には、貞観(じょうがん)四年頃の旧記もあるということから、またここは松尾の雷神(いかずちがみ)の神別所で遠いむかしは、丹波山城の国境もふくめて、この地方一帯を「阿多古(あたこ)」と称(とな)え、阿多古の神山と仰がれていたが、いつの世の頃からか、朝日ヶ嶽、大鷲(おおわし)ヶ峰、高尾山、鎌倉山、龍上(たつかみ)などの峰々に仏舎宝塔が建って以来は、五台の仏地としての方がより世上へ聞えが高くなり、修験道の優婆塞(うばそく)たちが天狗(てんぐ)を修める道場ともなるに至って、いまではかくの如く神仏併祭のお山となっておりまする――などということから、また、「――御承知でもございましょうが、盛衰記に――柿本(かきのもと)の紀僧正(きのそうじょう)は日本第一の天狗と成って愛宕山(あたごやま)の太郎坊と申さるる也――と見えますのは、当山の太郎坊の縁起とされております...
吉川英治 「新書太閤記」
...北に保津川(ほづがわ)の一水を隔てて、愛宕山(あたごやま)や龍ヶ嶽の諸峰をのぞみ、南は明神ヶ嶽、東は大枝山というふうに、山裾から山裾にかこまれている一盆地だ...
吉川英治 「新書太閤記」
...――岩崎山、大上山、賤ヶ嶽、田上山、木之本などの第二陣地区にわたる広範囲なもので、当然、延(のべ)何十万人もの労員を要する...
吉川英治 「新書太閤記」
...(中入(なかい)りの一挙は、首尾上々、味方の大勝に帰したとはいえ、なお賤ヶ嶽、岩崎山、堀秀政の東野山より堂木(だんぎ)へわたる敵のうごきも定かでない...
吉川英治 「新書太閤記」
...こんど歩いたコースは、中央線辰野駅をふり出しに天龍川流域、飯田から山越えで、木曾谷へ出、馬籠(まごめ)附近、福島、駒ヶ嶽山麓、あのあたりの往古木曾道中をやって、松本へ戻ったのである...
吉川英治 「随筆 新平家」
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