...これ程泣かされた事のなかつた悲しみはあの寛弘七年夫の保昌に連れられて...
今井邦子 「誠心院の一夜」
...昔から日本で名君と言はれた天皇方は延喜、天暦、寛弘、延久即ち醍醐天皇、村上天皇、一條天皇、後三條天皇といふやうなお方であつて、同時に此のお方々はいづれも宏才博覽に諸道をもしらせられたといふことを言つて居るが、後三條以後には後宇多天皇ほどの御才は聞えさせ給はずと申して居ります、そして後宇多天皇の學問並に佛教の造詣の深く入らせられた事に就て委しく述べて居ります...
内藤湖南 「日本文化の獨立」
...秋の夜の灯影に一人物縫へば小さき虫の心地こそすれ自己の天分を信じて高く自ら評価し寛弘の女房達に比較されて嬉しいとも思はない才女も秋の夜の灯影で一人淋しく縫物をして居ると平生の矜誇などはどこへやらきりぎりすの様な小さい虫になつた感じである...
平野萬里 「晶子鑑賞」
...彼は寛弘(くわんこう)の被覆の下に多感の性情を蔵し...
山路愛山 「明治文学史」
...その性は寛弘温雅(かんこうおんが)...
吉川英治 「三国志」
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