...あとではそれを推(お)しひろめて「亮(りょう)」もいけない...
魯迅 井上紅梅訳 「阿Q正伝」
...重藏を預かりたる左京亮は...
大町桂月 「近藤重藏の富士山」
...「亮三郎も、えろう嘆いての、一人の親だのに、夫婦揃って遠くへ来てるばっけえに、親の死目にも、逢うことがでけんというて来ただが、わしが付いとるから、余計な心配(しんぺい)は、するに及ばんというてやったんじゃ」亮三郎というのは、九大医学部の助教授をしている弟です...
橘外男 「仁王門」
...あるものか! 俺も亮三郎も...
橘外男 「仁王門」
...亮(りょう)の生まれた時の事を私は夢のように覚えている...
寺田寅彦 「亮の追憶」
...とにかくそのころの亮と私の生活はない交ぜたもののようになっていた事がこの帳面を見てもよくわかる...
寺田寅彦 「亮の追憶」
...亮(りょう)はどんなに気らくであったろう...
寺田寅彦 「亮の追憶」
...西には松平右京亮(うきょうのすけ)様...
野村胡堂 「銭形平次捕物控」
...亮太郎の世話で、池袋の商店街に、小さいマアケツトの出物があつたのをゆづりうけて、そこでさゝやかな酒場を開いた...
林芙美子 「崩浪亭主人」
...宗右衛門は性質亮直(りょうちょく)に過ぐるともいうべき人であったが...
森鴎外 「渋江抽斎」
...仙石左京之亮も、一藩の君主がそれまでに執心なら、むざと彼を旅立たすのでなかったにと後悔したが、後日に周旋(しゅうせん)を約して、ひとまず溝口伊予を帰したのである...
吉川英治 「剣難女難」
...幸い、亮先生の兄上は、呉の参謀であり、主君のご信頼もふかいお方ですから、ひとつ先生自身、呉へ使いされたらどうかと思いますが」そばで聞いていた玄徳は顔のいろを失った...
吉川英治 「三国志」
...いささか亮先生に告ぐる儀あり...
吉川英治 「三国志」
...亮(りょう)軍師から皇叔へおすすめを仰ぎたい」と...
吉川英治 「三国志」
...……諸葛亮(しょかつりょう)」仰ぐと...
吉川英治 「三国志」
...司馬仲達(しばちゅうたつ)計(はか)らる一蜀の諸葛亮(しょかつりょう)孔明と...
吉川英治 「三国志」
...「漢晋(かんしん)春秋」「亮集(りょうしゅう)」「後主伝(こうしゅでん)」等に記載されている所を綜合してみると...
吉川英治 「三国志」
...孔亮――しめて十二名の新加盟者も居流れていたことなので...
吉川英治 「新・水滸伝」
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