...――若しくは奉仕することによつて自我の本質が肯定さるゝ悦びを不知不識自己の内面に感ぜざる限り...
阿部次郎 「三太郎の日記 第三」
...我等は不知不識上に立つ者に對する阿諛...
阿部次郎 「三太郎の日記 第三」
...不知不識ここに至ったものであります...
相馬愛蔵 「私の小売商道」
...此処に来ると三世因縁と言つたやうな不知不識界に対する戦慄を示してゐる...
田山録弥 「西鶴小論」
...不知不識の間に『善』といふ着色を與へて居るものと言はねばなりません...
朝永三十郎 「學究漫録」
...物を観察したり書いたりしている態度――仕事の上の一種のポーズ――それの不知不識の現れから起るのではあるまいか...
豊島与志雄 「傍人の言」
...されば日常の道徳も不知不識(しらずしらず)の間に儒教に依(よ)って指導せられることが少くない...
永井荷風 「西瓜」
...親父の五郎には、不識の間に、大切な人生の信条を教えられて、ひそかに、感謝していたが、その息子から、また、教訓をあたえられたのか...
火野葦平 「花と龍」
...ややもすれば不知不識(しらずしらず)の際にその習俗を成しやすく...
福沢諭吉 「日本男子論」
...Ignorantia juris non excusat.法の不識は免(ゆる)さず...
穂積陳重 「法窓夜話」
...明治四十二年『大阪毎日』の連載した蕪城生の「不識庵と幾山」によく論じあった...
南方熊楠 「十二支考」
...不知不識にあらはれてゐるのであつた...
水上瀧太郎 「貝殼追放」
...梁の武帝達磨に問ふ 磨の曰く無功徳 帝の曰く朕に対する者は誰ぞ 磨の曰く無功徳 いかん朕に対する者は誰ぞ 磨の曰く不識! あゝ乱れた洞源和尚に辞(ことば)もない...
宮沢賢治 「疑獄元兇」
...自称邑中文不識...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...後人不識前賢意...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...読みかけの「剣術不識篇」を懐(ふところ)に納めて...
吉川英治 「剣難女難」
...懐(ふところ)から前の「剣秘不識篇」の古書と矢立をとり出し...
吉川英治 「剣難女難」
...不識庵とは、いうまでもなく、上杉謙信のことである...
吉川英治 「宮本武蔵」
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