...武井悌四郎(ていしろう)...
高浜虚子 「子規居士と余」
...主として、久保田正文、荻野悌、亀島貞夫、などの人々の手を煩わしたらしく思われる――斯く言うことは、著者として甚だ無責任のようであるが、実は、右の諸氏を読者代表として、その手に本書の編成を一任してみたかったのである...
豊島与志雄 「随筆評論集「情意の干満」後記」
...後ろにも湖水を前にせざるものあらざる草の早くうら枯る同じ時裏磐悌の火山湖地帯にも遊んだが...
平野萬里 「晶子鑑賞」
...行友李風氏の脚色で澤田正二郎君がやつた方が遙かに大菩薩峠の悌を出し...
平山蘆江 「大菩薩峠芝居話」
...その他は所謂(いわゆる)孝悌(こうてい)忠信で...
福澤諭吉 「福翁自伝」
...「死に至るまで孝悌忠信と唯(ただ)一言(いちごん)で...
福澤諭吉 「福翁自伝」
...その忠信孝悌を説く顔つきのまじめさを見て殆(ほとん)ど噴飯せんと欲す...
正岡子規 「病牀譫語」
...陽子は悌と並んだり...
宮本百合子 「明るい海浜」
...悌二がそれを苦にして学校へ行き渋りこの頃は学校をやめると云い出している...
「海流」
...悌二は兄さんには僕の心持がきっと分ってもらえると申して承知しません...
「海流」
...しかし悌二も、卑屈でなく生きてゆくためには、貧困が恥辱ではないことを知らなければならない...
「海流」
...重吉は思いやりをこめた兄らしさで悌二の心持に元気を与え...
「海流」
...蘭軒は初め名は力信(りよくしん)字(あざな)は君悌(くんてい)...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...弟有悌兮児有孝...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...鳥取に顕忠寺中の兄田中悌庵が墓を展したのださうである...
森鴎外 「伊沢蘭軒」
...孔子の道も孝悌(こうてい)仁義(じんぎ)より初めて諸礼法は仏家の小乗なり...
森鴎外 「渋江抽斎」
...公悌(こうてい)のいう三弱...
吉川英治 「三国志」
...その細部として孝や悌が含まれねばならぬ...
和辻哲郎 「孔子」
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